Triathlon GERONIMO レポーター ~生井選手皆生参戦記~

今回の皆生大会では、Triathlon GERONIMO のレースレポーターとして、選手のご協力の下、熱い参戦記をお届けしたい。

 

(以下、生井レポーターより)

 

≪私のスタート地点 皆生トライアスロン≫

 

「今年は、皆生に出る!」と主人に宣言をしたのは、まだ、寒い日が続く2月。昨年の大会は、鎖骨骨折のこともあって、皆生に出る気持ちになれず、忘れようとしていた。今年は出ると決めたら「仕事が忙しい」の言い訳をせずに、練習することで気持ちを高めようと思い、7月へと向うことにした。

「トライアスロン」=鉄人=ちょっと変?

とイメージを抱く人は多い。私もその一人だった。そのイメージを変え、生活に一部なったのは、友人の存在と私の好奇心。友人のトライアスロン仲間との交流がとても羨ましかった。友人のおかげで、根暗だった私は、皆生に出るまでになってしまった。

皆生トライアスロンとの出会いは、鍼灸の先生(コナ出場経験あり、日本選手権出場経験あり)の一言「皆生はいいよー。出てみな」と。何も知らない私は、その一言を信じ、エントリーへ。34回大会に初めて出場。これが、ロングデビュー。知り合い0、経験0、そして、きついバイクコースも知らなかった。それでもフィニッシュしてしまった。この快感が私のスタートになった。

今まで、遠い大会は主人と一緒か一人で参加することがほとんど。仲間やチームで動くことは一度もなかった。今年は、ご縁があって、仲間とコーチと一緒に参加することができた。仲間の一人に、私にトライアスロンを教えてくれた友人がいる。そのことも力になった。同じ目的をもち、お互いに励まし合える仲間の存在は本当に大きい。心配なことが半分に思えるから不思議である。合わせて、エントリーしたけれど出られなかった仲間からの応援も大きかった。大人になっても「頑張れ」「応援しています」の一言が背中を押してくれることに久しぶりに気が付いたことも新鮮だった。

今年は、猛暑。皆生トライアスロンは暑いことでも有名。今年もその展開になった。前日から水分、栄養、体調を考えながら食べてきた。誰でもが、倒れるリスクを背負いながら競技をする。倒れるもフィニッシュするも自己責任がのしかかってくる。

【スイムスタート】

スイムが得意とはいえ、バトルが怖いので真ん中ぐらいの位置からスタート。けだるいスタート音を聞き、気持ちよく泳ぎだした。新しいメイストームのウエットも心地よい。前半は、やや流され自分の泳ぎができなかった。後半は、肩回りが動き出し、息が上がらない程度に泳げた。ただし、調子にのると、違う方向へ行っていた。36回大会よりは、遅かったが、気持ちよくトランジットへ向かうことができた。ここからが、皆生トライアスロンの醍醐味。

【バイクスタート】

初めて、皆生に出た時は「オニ!」と思ったコース。4回目であるが、やはり「オニコース」である。ただ、前回との違いは、2点。昨年バイクボジョションをすべて測り、サドルなどを買い替えた。そのこともあって、身体に負担がない。痛くない。2つ目、登りは根性で登った。時折、大塚コーチの「ワン・ツウ・ワン・ツウ」が聞こえ始め、応援となった。他のコースは、軽快に進んでいった。スピニングの効果が出ていると実感できた。今思えば、力まず、楽しく漕げたと感じている。そう思っている時にエイドで、他の選手と激突してしまい、落車!相手選手、相手のバイクは無事。私は右臀部を打ち、サドルは曲がった。激痛のあまり、しゃがみ込むが、すぐに現実に戻り、バイクを直し、臀部を確かめ、気持ちを落ち着かせて再度スタートした。エイドのボランティアの方は、何度も「大丈夫?」と言ってくれたが、答える余裕なし。本当に申し訳ないことをした。再スタート直後は何度も「悔しい」と言っていたことを覚えている。冷静になることで、安全に進めると思い直し、前だけを見つめた。この時、仲間から「頑張れ」が気持ちを奮い立たせたことは間違えない。大山の折り返しで大塚コーチとチエさんからエールをもらう。仲間に会えるだけで、勇気が湧いた。「まだ、行ける!」と。そして、アッキーともすれ違う。仲間の頑張りは、励みになった。これでもかの坂を越え、下りを繰り返して、バイクフィニッシュへと向かった。この時、臀部の痛みはあるものの、以前のような腰のだるさはなく、ランへと進めそうな感じがした。気持ちだけは高い。

【ランスタート】

「安藤さんとはどのくらい差があるのだろうか?」そう思いながらスタートした。スタートした時点では、ランへと進んだ女子は少ないようだ。「諦めなければ、女子総合10位までに入れるかも?」と高望みをしながら進んだ。

皆生名物信号と歩道橋を楽しみ。エイドでの学生ボランティアの粋の良さを励みに、足を止めず、前々と。信号待ちをうまく使うことが、このコースの攻略法。信号に合わせて止まらず、進むのが私の走り方。少々のダッシュもあり。ランは課題をもって走ることに決めていた。それは、腕振り。後ろへ振る。ハの字になるように振る。もう一つは、自分の身体の下に足を着地できるように気を付ける。2点を確認しながら進んだ。足が止まる選手を追い越すことで、自信が付き、さらに前へ。エイドでは、氷をキャップと打った臀部を冷やすためにウェアーの後ろポケットに入れ、OS-1を摂り進んだ。皆生は、エイドには困らない。むしろエイドが必ずあるから安心して進められるのだと思う。ボランティアの方たちには本当に感謝しか言葉がない。

進むうちに大塚コーチとチエさんに「ガンバ!」と激をもらう。日影がなく、コースもあまりよくない。細いコースで折り返してくる選手とすれ違うたびに元気をもらった。女子選手には思わず「ガンバ!」と声をかけた。

ついに、安藤さんとすれ違った。ハイタッチをし、二人で「ファイト」と言葉を交わした。うれしかった。でも、この距離は追いつけない。ケガからの復帰とは思えないぐらいの力走だった。境港を折り返しエイドでは、スイカを口にし、おにぎりを食べ、フィニッシュへと向かった。胃腸も元気。通ってきたコースを再び走る。エイドの場所が分かるので、更に気持ちを和らげてくれた。暑さは変わらず、エイドの氷が足りなくて、学生ボランティアたちは、氷をかち割っていた。本当にありがたい。氷をもらい、OS-1を飲み、進んだ。フィニッシュできそうな時間を考え始めた。「6時には~?」と。32キロ付近でアッキーとすれ違う。表情がなく心配。ただ、彼女の底力を知っているので、お互いに視線を合わせるだけにした。残す距離10キロを切った辺りから、涼しい風が通り抜けるようになった。毎回、エイドに寄らなくても大丈夫になってきた。市街地に入りコースの幅を広くなり、走りやすくなった。ここからが、粘りの走り。信号をうまく使い、他の選手を交わし、フィニッシュゲートへと向かった。街灯が点く前にテープを切りたい!

どらどらパークに入り、ゴール手前でチエさんから「まるちゃん!(旧姓丸田なので)」と。勢いを止めずに、ジャンプと笑顔でゴールテープを切り、無事にフィニッシュ!

フィニッシュする度に、「また、来年も」と原点に戻ることを考える私がいました。

 

皆生トライアスロンは、ボランティアの皆さんとマーシャルの綿密な連絡で成り立っている。毎年、これだけの大会が開催できるのは、ボランティアのみなさんのおかげである。選手全員が「合格通知」をいただく大会はここだけ。私たち選手も「皆生に出る」という誇りを持つことが、ボランティアの皆さんへの返しになると思う。

 

レポート 生井 恭子

 

 

「灼熱の皆生、お疲れさまでした。皆生大会の雰囲気はとても良いものがありますね。そして、女子総合9位、エイジ優勝おめでとうございます。

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Triathlon “ MONO ” Journalist     Nobutaka Otsuka