Tri Bike Chronicle

トライアスロンルミナ「Mare Ingenii」の中で、連載として担当したコーナーの紹介となる。トライアスロンバイクや関連機材の編年史について、当時の人気、トレンドから今でも生かされているシステムなど、この四半世紀について語っている。「トライアスロンに使用されるバイク」から「トライアスロンバイク」となり、そして現在では、「トライアスロン専用バイク」となった流れを、「点」ではなく、「線」で観ている。そして、これから求められるバイクの展望も述べている。

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Numbers
最終回 2015~②
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第6回 2015~①
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第5回 2010~2014
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第4回 2005~2009
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第3回 2000~2004                                     
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第2回 1995~1999
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第1回 1990~1994

最終回

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Triathlon LUMINA No.51

P81~83 Mare Ingenii Tri BIKE CHRONICLE

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「これから先のトライアスロンバイクについて語ろう。

このクロニクルも最終回となった。後編は、どのような点が、問題であり、開発されていないのか、「声なき声」を考えてみた。

大前提として、トライアスロン人口の増加により、ファントライアスロンとして楽しむ人からアイアンマンを10時間で走り切れるレベルまで、幅広く各層が厚くなって来ていることが挙げられる。そんな中で、何が必要なのだろうか。トライアスロンバイクの歴史は25年程度、ロードバイクにおいては100年以上、もちろん見方によれば、完成しているのだが、より良いモノ造りを期待したい。まず、トライアスロンバイクもロードバイク同様に「各グレード」必要となっているだろう。ロードバイクでは、大きくは3つのグレードが存在している。次に、ジオメトリーではないだろうか。特にトライアスロンバイクは、ポジションの「個人差」が大きく、対応が必要となっているのだ。そして、現実的な課題として、レースコースへの対応として、トライアスロンバイクなのか、エアロロードなのか、はたまた、どちらでもない違うバイクの可能性はあるのか。

各課題を考えてみよう。まず、グレードに関してだが、現在ロードバイクは、ビギナー向けとして、重量は軽くはないが、振動吸収性の高いカーボンを使用し、快適性を高めているモデル。フラッグシップは、快適性よりも、軽量性や加速性などを重視しているモデル。そして、それらの中間的なグレードのモデルなど大きく3つに分けることができる。先述の通り、幅広い競技者層となった現在のトライアスロンにおいて、バイクグレードのバリエーションは、必要不可欠だ。特に、「エイジ向け」のトライアスロンバイクの開発は急務だと思う。現在であれば、キャノンデールのスライスなどが、快適性をアピールしている。過去は、初代アイアンマンバイクだったケストレル500sciなど、実は、過去にも優秀なバイクはあった。ただ、当時とは少し事情も違い、現在、トライアスロンバイクは、エアロロードのきっかけを作り、各メーカーの技術の結晶とした「コンセプト」でもあるのだ。そのため、軽量性や加速性など、競技性でのアピールが強く、所謂「イイモノ」になってしまっている。ただ、振り返りではなく、現在のユーザーへ、対応したバイクの開発をする中で、重要なキーワードは、「快適性」だ。小柄なアジア人女性が使用した時にも極めて乗り心地の良いバイクが生まれてくることを望み、それらはこれから高まるものと予想している。

次に、ジオメトリーだが、海外の大手ブランドが中心であり、人気となっている中で、トライアスロンバイクは、ロードバイクを遥かに凌ぐポジションの「シビアさ」が存在する。これは、「DHポジション」という、言い方を変えれば「ピッタリポジション」であり、少し悪く言えば、「窮屈」なポジションなのだ。胴長短足とその逆であったり、同じ骨格でも心肺機能、筋力、柔軟性により、ポジションは変わる。また、実力が付き、レベルが上がることで、ポジションも変わる。とにかく、ポジションは、「生き物」であり、常に変わる可能性がある。例えば、試乗のときも、ポジションを完全に合わせることはできないが、ほぼマイポジションだった場合は良い。ただ、そうでない場合や小さいサイズなどに乗ってしまった場合、明らかにそのフィーリングは悪い。もっとも重要となる「直進安定性」などを「良く」感じることはできないだろう。トライアスロンの「ポジション出し」とは、サドルとDHバーのパッドの位置関係を決めることにあるが、そのためには、トップ長のバリエーションであったり、ヘッド長の考え方、そして、最終的には、DHバーが合えば良いと考えると、そのDHバー側からの対応もあるだろう。すでに、BMCのTM01は、Mサイズにトップ長が2種類存在する。ただ、その差が40mmはやや大きいため、1サイズに2トップ長、差は、15~20mm程度があると良いだろう。仮にS,M,Lサイズあれば、合計で6サイズのバリエーションとなる。

そして、コースについてだが、これはやっかいな問題である。今年のアイアンマンジャパンではトライアスロンバイクとロードバイクの比率が半々だったが、そのようなコースでは、どちらを選ぶかというよりは、オールラウンドに使用できるバイクがほしい。その答えとして、エアロロードが存在するのだろうか。いや、あくまでもジオメトリーは、ロードバイクであり、エアロダイナミクスにおいては良いが、ベストではない。更に進化して、エアロロードとトライアスロンバイクの中間になるような、トライアスロンバイク寄りのエアロロードが出てくれば良い。両立できない理由は後述にも出てくるが、ハンドル高やシートアングルが全く違うことが、そのバイクの性格を分けてしまっているためだ。したがって、そこが「可変」できるシステムなどが出来れば良いのだ。ハンドルのブルホーンバーは、上方にライズされて、「握り」もドロップ形状。サドル位置は、すでに20年前に存在していた「シフター」を進化させるなど。本格的にその完全オールラウンドトライアスロンバイクの誕生を期待したい。

トライアスロンにおいても大きく関係し、相互に影響を与えることになる「エアロロード」の歴史を振り返ってみた。そもそも今の「エアロロード」というものが、注目され始めたのは、2011年のスペシャライズドVENGE、スコットFOILのデビューが、それに当たるだろう。ただ、その前からロードのエアロダイナミクスに注力していたブランドがあった。ご存知「サーベロ」がそうなのだ。2002年のアルミエアロの「ソロイストチーム」に始まり、2006年カーボンの「ソロイストチームカーボン」、翌2007年にリリースされた「ソロイストチームカーボンSL」で、第1次エアロロードは完成された。そして、2009年から、S3を始めとする「Sシリーズ」に継投されたのだ。「S」とは「SOLOIST」の頭文字から来ている。更にその前、90年後半からアルミトライアスロンの延長として、アルミエアロロードをリリースしているメーカーがあった。98年のGT EDGE AEROや、2000年のキャノンデールR1000AEROなど。そう、実は、キャノンデールも過去には、「エアロ形状」のロードを造っていたのだ。ただ、アルミでの製作は、ホイールも同様だが、エアロは完全に「重量化」となる。そのため、カーボン製となって初めて、スタートラインに立てたのではないだろうか。その意味で、先述の2006~2007年のサーベロのソロイストが、やはり、起源と言えるのではないかと思う。当時サーベロは言っていた、「ソロイストは売れなくてももいいんだ。ただ我々は最高のロードバイクを造れることを証明したい。」と。そんな、サーベロの技術の結晶が、ソロイストだった。

そして、ここで触れておきたいのが、「DHバーとサドル」だ。快適性において、大きなところはバイクであり、フレームだが、実際のフィーリングとして、DHバーとサドルのそれぞれの「合わせ」が極めて重要なのだ。

まず、DHバーだが、快適性を語る中で、DHポジションのことは外せない。DHバーそのものへの工夫、改善点も多くあるのだ。逆に、一昔はもっと考えられていたかもしれない。パッドの下にダンパーが付いているもの、パッドがGEL、パッドにエアが入るものなど、問題に気が付いていたメーカーはあった。エクステンションの形状も様々なものが出ている。「S字型」など単なる流行で存在するモデルもある。S字が大き過ぎて、フィーリングが悪いなどこだわりが見えない。そして、「完全電動時代」となった今、次はその「使い易さ」なのだ。その中で最終重要課題となるのが、スイッチの形状や取付位置となる。限りなく、「手首」を動かさず、「指」だけで変速ボタンを操作したいのだ。手首のブレは、DHバーのブレであり、ホイールのブレ。バイクの直進性を損ない、抵抗を増やす。「真っ直ぐ」走りたいのだ。バイクの「ストリームライン」と言ったところだろうか。

次に、サドルは、その周辺であり、サドルそのものより、シートピラーやフレーム構造にあるかもしれない。そもそもトライアスロンバイクの定義として「シートアングル」が立っていることにある。極端な言い方をすれば、昔ながらのクロモリバイクでもシートアングルが78°になっていればトライアスロンバイク、カーボン製で形状もエアロフレームだが、シートアングルが73°など寝ていれば、トライアスロンバイクではないと考えている。その重要なシートアングルだが、トライアスロンバイクでのフォームを見ると、「前後動」が著しく、そのための対応が必要なのだ。極端な前後動は別だが、サドルは定位置を離れ、前方に座れば、「低く」感じる。逆に、後方にスライドすれば、「高く」感じる。これは、前方に行った時は、DHポジションを取っているのだろうし、後方にずらした時は、登りで踏み込んでいるのだと思う。ただ、その動きに対して、サドル高は変わらない。この「動き」に対応できるパーツがあると最高だということなのだ。

最後に。勝手なことばかりを述べたが、これはすべて「必要」なことであることは間違いないと確信している。ただ、物理面やコスト面などで、簡単ではないこともあると思う。何年後に実現するのか楽しみに待っていたい。

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「是非ご覧下さい。」

BOSS-N1-STriathlon “ MONO ” Journalist   Nobutaka Otsuka

第6回

Triathlon LUMINA No.50

P81~83 Mare Ingenii Tri BIKE CHRONICLE

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「更なるエアロダイナミクスや新しいアイテムへの取組が期待される。

これまでを、簡単に振り返ってみた。この四半世紀での、バイクの進化は、極めて大きかった。素材は、クロモリから、アルミ、そして、カーボンへと進化し、軽量性や快適性、成型の自由度が高まったのだ。ホイール径は、700Cから26インチ、そして、再び700Cとなった。形状は、丸型断面から、ティアドロップ断面やオーバル断面へ、その後、翼断面、そして、カムテイル断面になり、軽量なエアロフレームを製作できるようになった。パーツもいろいろ変化があった。変速は、ワイヤーから電動に進化。DHバーも、アルミからカーボンへ。サドルも一般型からトライアスロン専用型へ。ロードから始まり、ロードとトライアスロンのどちらにするのか、迷いの時代を経験し、カタチばかりのトライアスロンバイクから、明確なジオメトリーとコンセプト持ち、現在の「トライアスロン専用バイク」が確立された。

さて、新しい構造やパーツなど兆しから定着するまでの時間はどのくらいかかっていたのだろうか。例えば、現在、主流となっている、フレーム形状の一つにヘッド一体型フォークが挙げられる。この元祖は、1993年モデルとして、リリースされた「ルックKG196」だったが、その後、いつ普及したかと言えば、2009年のトレックSpeedCincept、アルゴン18E-114、フェルトDA、ブルーTriad SL、そして、元祖ルックKG596など、翌年には、BMCTM01などが記憶に新しい。KG196から16年、17年経って定着している。これは、構造的に難しいところもあったと思われる。ハンドルを切ったときに、フレームに当たる処理をどうするのか、ハンドルは完全に切れなくても良いとするのか、など、現在、当たり前のことでも、当時は、許されなかったのかもしれない。電動変速システムは、マビックが二代目として、98年に「メカトロニック」をリリース、2000年でトライアスロンKITも出て、センセーショナルなパーツがデビューした。その後、現在のDi2のトライアスロンKITは、2009年のデュラエースDi2だった。この9年は、少し短いのだろうか。そして、2012年秋の「アルテグラDi2トライアスロンKIT」リリースで、「完全定着」となった。逆にホイールは、極端に変わっていないアイテムかもしれない。もちろん、素材、剛性、軽量性、回転性能、制動力遥かに進化はしているのだが、トライアスロンで重要となる「高速巡航性」の点においては、90年前半のZIPP、トレカ、ニッセキなど、その性能の高さは、今でも語り継がれるくらいだ。特にトレカなどは、復活を期待したいぐらいだ。誰かが、思い付き、考え、モノが造られる。しかし、完成度なり、標準化なり、ハードルが高く、定着しないものも、年月をかけて、また誰かが引き継いでいる。そこには、「良いものは、良い」、だから造るという、「夢」が続いているのだろう。

今、ここで同じように注目となり、流行の兆しを見せているのが、ディスクブレーキなのだ。ディスクブレーキは、今できたものではなく、15年の歳月が経ち完成度は高く、現在、MTBでは、リーズナブルなモデルにも標準装備される当たり前のブレーキとなっている。また、MTB的要素もあるシクロクロスなどにも、装備されている。そのディスクブレーキを今、ロードバイクで提案されている。ロードのディスクブレーキ化は以前からあった話だが、メリット、デメリットの話になり、具現化は、されなかった。ただ、ここに来て、シマノの「本格始動」で、一気に浮上した感がある。まず、一般的なメリットは、制動力、特に雨天時。次にスピードコントロールとレバーの引きの軽さが良い。そして、リムの振れが出た場合にも、ブレーキングへの影響が少ないことなどが挙げらる。デメリットだが、メインテナンス性として、パーツのコストと高い作業精度の必要性となるだろう。そして、フレームは「ディスクブレーキ専用」となるということだ。非対応フレームでの後付けはできない。当然、どんなものでもメリット、デメリットはあるものだ。セオリーよりも実際の使い勝手は、また違った感じになる場合も多い。メリットをトライアスロン目線で見れば、更に良さも見えてくる。例えば、カーボンホイールを直接制動する訳ではないので、リムのダメージがなく、その想定が不要となるため、軽量化にもなる。また、雨天時は、先述の通りだが、特に効きの悪いカーボンリムでは、その点も大きなメリットとなる。そして、ヘッド周りをシンプル化でき、エアロダイナミクスに貢献するのだ。ただし、ディスクブレーキそのものがどの程度の乱流が発生するのか、今後フォークの形状が重要となるだろう。デメリットもある、ロングレースとなる、トライアスロンでは、レース中にホイールをチェンジする可能性がある。事例としては、少ない話だが、その場合、セッティングがシビアなディスクブレーキは、ディスクローターとブレーキパッドの干渉が予想される。その点の対策もほしいところだが、総合的には、使ってみる価値は十分あるだろう。そして、今後、これも先述の通りだが、Di2の時と同様に、「専用と兼用」「対応と非対応」などと、フレーム側の対応が急がれるところだろう。今シーズン、各社に意見を聞いてみたが、現時点では、「将来性」というのが、大方の意見と感じた。過去にも流行りの兆しで終わったものは、いろいろあったが、実際に、2016年モデルを見ると、各社の「ディスクブレーキモデル」は、確実に増えているため、現実的な将来性と言えるのではないだろうか。

また、現在活発に取り組みが進んでいる一つに、ヘルメットの「エアロダイミクス」がある。テーマは、決まったが、その手法は、まだ「思考錯誤中」とも感じる。2000年半ばから定着しつつあった、TTヘルメットの、動きは早かった。元々、TT系のヘルメットは、エアロダイナミクスと通気性のバランスの難しさを追求している。当初は、ロングテールが主流だったが、ガノーや、ルディのショートテールが注目されているのと同時に、更に短い、「丸っこい」ヘルメットの人気が高まった。カスクBANBINOのように、耳を覆うタイプから、ジロAirAttackShieldのように、耳を出しているものまで、様々だった。ただ、条件としては、シールド付きということが定義となるモデルだった。それらの「丸っこい」ヘルメットは、やや特異なデザインのため、流行るかどうか、微妙な感覚があったが、サドルのISM同様、機能本位でブレイクしたのだ。そして、丸っこいというと、あのOGKカブトが2008年に短距離トラックTT用としてほぼ丸い形状をいち早く造っていた。もちろん今も存在しているタイプで、横を向いたり、下を向いた時の空気抵抗を抑えているという点では、現在に繋がっているのだ。そして、これもほぼ同時に、動き始めたのが、「エアロヘルメット」だった。スペシャライズドEVADEやトレックBALLISTAなどが最新のモデルとなる。一見すると、一般的なヘルメットに近いが、やはり、外観上は、エアインテークが減り、凹凸の少ない滑らかなデザインとなっている。現在エアロ系としては、扱い易いアイテムと言える。

そして、これからまだまだ開発の可能性があると言えるのが、ウエアとなるだろう。ヘルメット同様に、大きく風を受けるウエアに対する「エアロダイナミクス」が必須となるだろう。バイクとともに、ヘルメット、ウエアはこれからの5年で大きく進化が予想されるアイテムだ。どちらも身体に着用するアイテムだけに、バイク本体とまた違った難しさがある。ヘルメットはすでに、試行錯誤中と言ったところだが、ウエアについては、まだまだこれからで、大いに課題となることだろう。80%は身体が空気抵抗となっている。バイクのエアロダイナミクスと同時に、もっとも風を受ける身体への対策は、重要となる。ただ、ヘルメットのようにはいかない。トラックのTTように短時間であれば、エアロスーツがあるが、トライアスロン、ましてやアイアンマンなどになると、ヘルメット以上に「通気性」が重要となる。その相反するポイントをいかに融合させることができるかにある。すでにスペシャライズドなどは、その開発に着手、リリースも決定、今後、他社も続くことになるはずだ。特に今後の開発の中で、ウエア素材の進化も注目と言って良いだろう。エアロダイナミクスも高いが、炎天下でも着用が可能となるような快適性を合わせ持つ素材もゆくゆく出てくると思う。そして、重要となるのが、ライダーの「フォーム」となり、身体の幅、上体の角度、首の位置、など、ウエアが進化した時には、フォームのためのバイクの「ポジショニング」が最も重要となるはずだ。現在も盛んとなっている「バイクフィッティング」の重要性が更に高まるだろう。

様々なアイテムの開発が、各メーカーで鎬を削られ、日夜研究されている。次は、何が出てくるのだろうか。でもそのヒントとなることは、必ず、ユーザーからの声でもあるのだ。速く走りたい、快適に走りたい、より、ストレスフリーを目指し開発されている。今、当たり前に使っているパーツの良さを忘れてしまっているかもしれない。WレバーがSTIに変った時、最近であれば、ワイヤー変速がDi2に変った時、これら機材の「進化」は、それぞれの走りのグレードを高めてくれた。さて、次は何を造ってもらうべきなのか考えてみたい。

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「是非ご覧下さい。」

BOSS-N1-STriathlon “ MONO ” Journalist   Nobutaka Otsuka

第5回

Triathlon LUMINA No.49

P81~83 Mare Ingenii Tri BIKE CHRONICLE

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トライバイク完成期(機能、素材、デザイン、そしてDi2完全定着)」

このクロニクルの第5回目は、ほぼ現在のバイクとなる2010~14年を観ている。2000年後半で確立した「カーボン製トライアスロン専用バイク」だったが、更に進化し、一定の「完成域」に到達した。各社から様々なモデルがリリースされ、「選択肢」が増えたということが、「完成期」と言えるのだ。そして、同時に確立したのが、電動変速システム「シマノDi2」だ。「トライアスロンこそ」必要なアイテムとして、標準化となった。

トライアスロンバイクのキーワードとして、真っ先に挙がるのは、「エアロダイナミクス」。レーシングカーのデザイン同様に、突き詰めるとある程度同様なものに近づく中で、各社独自の特徴を出している。これは、自転車の場合、動力は「人力」、エアロダイナミクスオンリーのデザインではなく、他に求める性能として、設計上(直進安定性、高速巡航性など)、製造上(剛性、軽量性など)の課題、そして、その結果として、長時間走行による疲労などを考慮しなければいけないからだ。そのバランスに各社のカラーや特長が出る。フレームの断面形状は、トレックのKVFやスコットのF01など、カムテイルデザインか、それに順ずるものが多くなって来たのだ。エアロダイナミクスと同時に、剛性、軽量性を狙った造りとなっているのだ。フレーム形状で、注目すべき点がもう一つある。それは、「低い」シートステーの位置。リアブレーキはシートステーに取り付けなくて済むようになってきたこともあり、サドル下の乱流発生ポイントに対するエアロダイナミクスが高まったことでもあるのだ。また、ブレーキは、フレームやフォークと「一体型」によるエアロダイナミクス向上を目指している。ヘッド、ハンドル、ステムなどの周辺も同様なデザインでその効果を高めている。また、専用ストレージを付けることで、よりエアロダイナミクスを高めているモデルなど、可能な限りの「エアロ対策」に余念がないと言ったところだ。

代表的な各モデルを観ると。サーベロP5やフェルトIAなど圧倒的ボリュームのモンスターは、「エアロダイナミクス」が優先と言えるデザイン。トレックSpeedConceptやスコットPLASMAは、エアロダイナミクスとともに「軽量性」も重視している。キャノンデールSLICEは、独自に新しいコンセプトで「快適性」を提案している。このあたりは、2010年前半だけではなく、これから強く意識させられる方向性をアピールしている。シーポのラインナップは、モデルによって、乗り味を変えることで、幅広いユーザーをサポートできるトライアスロンブランドの強みを出している。クウォータKaliburは、三代目をリリース、やはり軽量かつ快適性に優れている。BMC TM01は、各所にトレンドを網羅、「軽量性」も人気の理由。そして、スペシャライズドのSHIVは、エアロダイナミクスの他に「ストレージとフューエル」をコンセプトにデザインされている。

ここで当時の注目すべきブランドを紹介しよう。スイスブランドのBMCだ。もちろんモデルは、TM01だ。2016年もモデルチェンジなく、6年目のロングセラーモデルとなる。このモデルは、ハワイアイアンマンで、アンドレアス・ラエラートが長く乗り、注目度の高いバイクだったが、正直ビギナー向けのバイクではなかった。しかし、圧倒的な人気を誇っていた。第一声として、「TM01」が挙がる。そんな人気の理由は、デザイン性とともに、トレンドを網羅した「アイアンマン専用バイク」だったからだ。フレームサイズは、S、M、L、XLとあったが、世界的に一番中心サイズとなるMサイズには、トップチューブ長が2サイズ存在する特異な考え方を持っていた。

そして、2012年秋にリリースされた、アルテグラDi2の「トライアスロン仕様」が、現在のトライアスロンバイクを完成させたのだ。それまで、DHバーのスイッチが未発売だったため、まだ「電動化」が現実的ではなかった。ただ、スイッチの登場とともに、一気に人気が高まり、年が明けて2013年の春にスイッチが付いたブレーキレバーがリリース、アルテグラによる「リーズナブルな電動化」が圧倒的に支持を得たのだった。電動のメリットを活かし、DHバー、ブルホーン、両方で変速ができることが、「Di2化」の最大のメリットだった。そして、もちろん、アルテグラグレードでリリースされたことも大きな理由のひとつになる。今年で「トライアスロンのDi2」は3年目に入り、当り前の「電動時代」となったのだ。

この5年で常に話題となって来ていたのが、「フィッティング」だ。BioRacer、BGFit、RETUL、ShimanoBikeFittingなど、各社のフィッティングシステムだが、特に「トライアスロン」での注目度が高いことが、特徴的でもあった。これは、トライアスロンバイクが全盛となり、「本当のDHポジション」に対する関心が高まり、それが否応なしに、必要になったからだ。昔のように単に「DHバーを握っている状態」を示しているわけではない。サドルとDHバーのパッドの落差とその距離を出すことが、トライアスロンの「ポジション出し」だ。シートアングル、骨盤の角度、上腕の長さ、肩幅、そして、フィジカルなど、特有のポイントが存在する。トライアスロンバイクは、サドルではなく、「DHバーに座る」と言っても過言ではない。DHバーは、サドル以上にシビアと言っていいだろう。そして、算出データ上のポジションを出す中で、重要となるDHバーの選択、調整、加工をし、データが再現できるよう、メカニックは腕を振るうのだ。

最後に、この10年前半を代表する「モンスターバイク」P5について、語りたい。P5のリリースは、2012年。不発に終わったP4の後継モデルとして、そして、サーベロの「救世主」として、鮮烈デビューとなった。2年で終わったP4だったが、実は、P5のための「礎」となっていた。その開発で培ったことが、P5に活かされている。P5が完成するに至るまで、そのP4のフレームデザインは、一見旧型P3に似ているが、随所にP5と共通する設計がされているのだ。現存するバイクの中で、Di2仕様にした場合、P5のみが、すべてのケーブルが内蔵される徹底したエアロダイナミクデザインなのだ。DHバーも専用となり、トライアスロンバイクの設計において、トータル設計は、まだ賛否はあるが、やはりスタンダード化に向かっている。ヘッド周りは、セパレートで造られているため、独自の収まりとなる。また、大きく話題となったのは、マグラ社と共同開発の油圧ブレーキが専用として、フレームにビルトインされていることだ。そして、トレンドとなる「ストレージ」も対応していた。究極なエアロダイナミクスを誇るP5は、速度の伸びが異次元だった。それでも課題箇所は残る、先端のバイクなのだ。新設計で、「走り優先」のため、扱いづらさも残ったが、サーベロは、「F1」だけを造るメーカーであり、速ければ良い、こだわりのメーカーだからだ。

トライアスロンバイクもほぼ完成の域には入ったが、まだ第一章に過ぎない。選手の各レベルへ対応したラインナップが必要となるだろう。最終回は、今後の展望について、2回に分けお伝えしたい。

 
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「是非ご覧下さい。」

BOSS-N1-STriathlon “ MONO ” Journalist   Nobutaka Otsuka

第4回

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Triathlon LUMINA No.48

P73~75 Mare Ingenii Tri BIKE CHRONICLE

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カーボントライアスロンの本格始動と、完全制覇のP3時代突入

このクロニクルの第4回目は、激動の2000年後半に入る。この5年間では、完全に「カーボントライアスロンバイク」の時代となった。2005年ツールドフランスで使用された「サーベロP3」。ホイールは「ZIPP」を組合せ、「トライアスロンバイク」がツールを走っている、そんな印象だった。各社、それまでの「迷い」も消え、本格始動となった。サーベロやキャノンデールのカーボン化が、拍車をかけ、2008年には、トレック、キャノンデール、ピナレロのカーボントライアスロンバイクの「完成車」が出揃った。それまでは、高額なフレームセットでの販売がメインだったが、大手ブランドの完成車のリリースが、その「勢い」を物語っていた。価格は38~42万と、トライアスロンバイクとしては、リーズナブルで、「カーボントライアスロン40万バトル」が始まった。

まず、各社の動きだが、トレックも、大きくトライアスロンへの本格始動の時期だった。カーボン系として、2000年デビューの「TT」その後、2004年「トライアスロン用」と位置づけたエキノクスシリーズがあった。ただ、TTの代用は否めなかった。そして、2005年のツールでランスが使用した「TTX」が話題となったが、ランス専用設計だったため、即市販化はされなかった。ただ、同年のハワイで非公式に発表されたのだ。当時トレックジャパンにも確認したが、「正式発表はない」とのこと。独自の「スクープ」として、当時の専門誌で情報を公開した。そのスクープは、会場が用意されていたわけではなく、バイクショップの一角を使い、フレームにハンドル、サドル、クランク、ホイールだけを付けた状態だったが、メーカースタッフが来て説明をしていた。今でもあの時の「興奮」は忘れない。製品化は、2006年中と言っていたが、モデルとしては、2007年にリリースされた。このTTXは、外観上はそれまでの、TTとは大きく違い、シートアングルは立ち、シート周りのエアロダイナミクスが高められ、ヘッド周りも同様に向上させられていたのだ。やはりトライアスロンバイクの最も重要な定義は、「シートアングル」だ。このTTXのデビューは、明らかに今までの同社のラインナップとは違うジオメトリーだった。

次に、キャノンデールは、前号でも紹介したが、アイアンマンのオフィシャルバイクだった。06年までは、フルアルミ、07年モデルとして、カーボンとアルミのハイブリッドフレーム「SIX13」をリリース、アルミを得意とし、それにこだわっていたが、徐々に変化が見られた。そして、ついに08年に、フルカーボントライアスロンバイクの「SLICE」がデビューしたのだ。キャノンデールらしい、デザイン性の高さ、軽量で振動吸収性の良い、初年度から完成度の高い仕上がりだった。その他、スペシャライズドTransition、ピナレロFT1、クウォータKUEEN-K、スコットPLASMA2、ルックKG596Triathlon、オルベアORDU、アルゴン18E114、BH GC  ChronoAero、フェルトDAなど、2000年後半は、ニュートライアスロンバイクのデビューラッシュだった。

そして、ここで当時の注目すべきブランドを紹介しよう。日本ブランドのシーポだ。シーポは、2004年のデビューとなるが、エアロフレームの本格デビューは、2006年。「TTベノム」は、今でも遜色ないもので、超人気モデルとなり、「シーポ」のクウォリティを確立した一台だった。その後は、アイアンマンオフィシャルバイクとなったことは、記憶に新しい。2013年にハワイアイアンマンで、使用台数が50台を突破、見事世界ブランドに仲間入りしたのだ。個人的なイメージだが、ハワイでは、「50台」を超えて初めて認められるのではないかと思っている。そして、昨年は、72台で使用台数が7位となったのだ。シーポ創設10年目にして快挙と言えるだろう。

この5年は、一気に完成度の高いトライアスロンバイクを各社が揃ってリリース。バイクの機材バトルが激化して来たのだ。設計、素材、精度など、「エアロダイナミクス」を追求するときに必要なキーワードは、随所で注目されるようになってきた。ただ単に扁平形状をしているものが、「トライアスロンバイク」ではなく、「エアロロード」もトライアスロン用ではない。ただ、代用が可能なバイクなのだ。この連載の第1回目でも書いたが、「トライアスロン=アイアンマン」として、造られているのが、「トライアスロンバイク」であることには間違いない。アイアンマンだけではないが、「ロングディスタンス」を効率良く走るための機材であり、そのための設計、素材、精度となってきた。もう長くトライアスロンバイクが流行り、定着したかのように感じるが、実際は、2007年のP3、2008年の40万バトルなどが、起源であり、まだ10年は経っていないのだ。

そして、この00年後半を代表する「レジェンドバイク」について、語りたい。そのバイクとは、「cervelo P3」だ。カーボン化された初代のP3のことで、2006年~2013年までの8シーズン販売。P3と言えば、何と言っても特徴的なシートチューブだった。これは、前作のアルミフレーム時代から継承しているデザインで、実は、サーベロ人気の起源は、15年前に始まっていた。そのデザインは、リアホイールとのクリアランスを可能な限り少なくした。シート周り後側は、空気の「乱流」が大きく発生する箇所で、フレームデザイン上、最も難しいとされている。このシートチューブ形状が他社にも大きな影響を与え、スペシャライズドの初代SHIVやジャイアントのトリニティなど、完全にP3を彷彿させるデザインだった。また、シートチューブの「前側」のRデザインも他社に多く見られた。このシート周りを「サーベロ型」と称した。シートピラーの固定部周りもサーベロ特有で、トップチューブをそのまま延長させ、横から見えば、シートピラーの入る「立上がり」がなかった。先述の通り、シート周りは、乱流が起こるため、なるべくシンプルなデザインが求められる。そんな中、極めてシンプルな、デザインで納めたのだ。また、特筆すべくは、フレームの断面形状にある。今では、トレックの「KVF」が主流になりつつあるが、サーベロは純粋な「翼断面」であり、極めて「薄く」造られたいたのだ。当時はその「厚み」が話題となるほどだった。そして、P3はデビューが成功している。2003年からCSCと契約、ハミルトン、バッソ、サストレとつなぎ、08年ついに、サストレ個人総合1位、新人賞、チーム総合の3冠を獲った。そして、同年2008年にハワイアイアンマンにおいても史上初の400台超えとなり、ロード、トライアスロンで「完全制覇」となったのだ。このP3は、未来永劫、語り継がれるバイクであることは、間違いない。そして、「不動の地位」を得た。最後に。サーベロに関しては、多くの「実績と歴史」があり、ここですべてを書ききれない。

2000年後半の動きは、ロードから独立し、「トライアスロンのためのバイク」となったのだ。そして、この後、その競争は激化し、より研ぎ澄まされたテクノロジーで、「究極」なトライアスロンバイク「仕上げ」の時代に入るのだ。

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【後記】今回の参考資料のひとつ。非公式に持ち込まれたエキノクスTTX。TTではない、トライアスロンとしてのTTX。シートアングルなどジオメトリーも変更となった。簡単な仮組みで雑然と展示されていた。後ろには、ティムデブームやカレンスマヤーズが座っている。(トライアスロンJAPAN2006年1月号にも同様の記事を寄稿)

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これが、2005年アイアンマンで、ティムデブームが使用していた、TTとしての「TTX」。このモデルの使用も異例だが、当時、それよりもホイールが気になった。ランスプロジェクトの一環としてボントレガーのホイールはHEDとコラボで製作されたいたが、このリアホイールはラインナップされていない、スペシャルハイトだった。HEDは、CX Deepなどハイトのあるディープリムを早くから着手していたからだろう。

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「来月は2010年全半について。現在のバイクですね。」

BOSS-N1-STriathlon “ MONO ” Journalist   Nobutaka Otsuka

第3回

Triathlon LUMINA No.47

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トレックTTやカリバーなどのカーボントライアスロンバイクの兆し

このクロニクルの第3回目は、00年前半について振り返ってみる。この5年間は、いよいよ「カーボン」のトライアスロンバイクを意識させられるようになってきたのだった。実際には、まだまだアルミが多く使用されていたが、「エアロダイナミクス」にこだわり始めたことによって、成型の自由度の高い、カーボンで造るトライアスロンバイクへの注力が顕著になってきたのだ。各メーカーの「カーボン化」は時間の問題となったと言える。カーボンを使えば、自由な形状が可能となるため、トライアスロンなど、エアロダイナミクスのための形状を造るためには、絶対に必要だったのだ。そんな意味では、トライアスロンマーケットの拡大とともに、伸びていると言っても過言ではないのだ。

まず、トライアスロンバイクの「カーボン化」で大きく動きを感じたのは、トレックだった。2000年にツールドフランス参戦用に製作した「TT」があった。あくまでもTTだったのだが、2001年アイアンマンでは、早速プロ選手に投入、ハワイで大いに沸いたのだった。ただ、そもそもトレックの考え方としては、「TT」と「トライアスロン」を大きく区別していることだ。そのため、ラインナップのカテゴリーもトライアスロンではなく、ロードとして位置付けていた。当時のトライアスロンモデルは、「HILO」であり、「TT」ではなかった。先述で、2001年プロ投入としたが、ゼッケン1のピーターリードはカーボンの「TT」でなく、アルミの「スペシャルモデル」を使用していた。選手からのリクエストもあったかもしれないが、いち早く「カーボン投入」をしたかったのではないだろうか。2000年に入り水面下での「カーボンバトル」が始まっていたのだ。

ここで当時の気になるブランドを紹介しよう。実質2000年のハワイでロタレーダーが、P3(アルミ)を使用し、ハワイメジャーとなったサーベロだ。後の大活躍は周知の通りだが、当時のトップ3は、まだ、ケストレル、トレック、キャノンデールで、サーベロは、「第2勢力」の一つに過ぎなかった。そのサーベロもまだアルミフレームの時代だ。2001年モデルとしてデビューの「P3」は、後のカーボン製P3の原型となっていて、特徴的なシートチューブ形状をそのまま継承して、「P3carbon」というネーミングで2005年にデビューしている。その後、アルミモデルが無くなったため、2009年から「P3」となった。

一方、カーボン化の動きが著しくなってきたが、アルミメーカーも頑張っていた。キャノンデールなどは、2003年から2007年までの5年間アイアンマンのオフィシャルバイクとなっているのだ。最終年の2007年に、アルミとカーボンのハイブリッドSIX13バージョンがリリースされた。そして、翌年2008年でフルカーボンの「スライス」がデビューとなったのだ。実は、キャノンデールも早い時期にカーボンを開発していた。2001年にアメリカ、ペンシルベニア州ベッドフォードの自社工場を、(まさに「100%HAND MADE IN USA」の頃)、工場見学に行ったことがあったが、その時にカーボンロードのサンプルがあった。トップチューブを太くし、ダウンチューブとシートステーがない、特異で、奇抜であり、キャノンデールらしいビジュアル性の高いデザインだった。そして、なんとそのネーミングは、「SLICE」となっていたのだ。2008年デビューのトライアスロンバイク「SLICE」のルーツとも言える。ちなみに、この頃、キャノンデールは、オフロードのモーターサイクルMX400や4輪バギー車も同工場で自社生産していた。

このように、この時代は、アルミフレームもカーボンフレームも混在しているように見えた。しかし、確実に「カーボン」への意識は高まり、各メーカーにおいては、動きが出ていた。それまで、トライアスロンへ注力していたメーカーだけではなく、各メーカーの動きも出てきた。ただ、それまで、注力していなかったメーカーには、ジオメトリーに「迷い」を感じるものも少なくなかったのだ。それだけ、意識せざるを得ないところまで来ていたと言える。エアロ形状はしているが、シートアングルが寝ていたり、ヘッド長も短くない。一見「トライアスロン」と見えるものも、トータルでのコンセプトに欠けていたものもあった。ただ、「カーボン先行」の勢いはあり、後に繋がったと見ている。また、パーツは確実にカーボン化が進んだ。例えばプロファイルのDHバー「カーボンX」など、爆発的な人気となったのがこの頃で、それまであったアルミ製のものは全く売れなかったのだ。人気となった、一番の理由は、「美しい」カーボンの造形によるものだった。

ここで、幻のバイクを紹介しよう。90年後半、具体的には、98年のハワイだった。「ファニーバイク」が話題となったのだ。96年優勝のルクヴァンリルデのコルナゴレコード、当時の優勝候補でもあったロタレダーのビアンキクロノTT、97年優勝トーマスヘルリーゲルのセンチュリオンヘルドライブなどバイクの強い欧州勢が挙ってフロント26インチ、リア700Cの前後異径のファニーバイクを使用していただが、驚くことに、あのトレックもアルミ製のファニーバイクの開発をしていた。と言っても少し遅れ、その現物を確認したのは、2001年のハワイだった。フレームのトップチューブには、大きく「PROTO TYPE」の文字が入っていた。そのバイクは、トレックUSAのエンジニアMarkAndrewsが自ら出場し使用していたものだったのだ。当時はすでにカーボンの「TT」がリリースされていたため、日の目を見ることなく、幻に終わったバイクだった。

最後に、この00年前半を代表するイメージとなり、2004年ハワイでウィナーズバイクとなった、「クウォータカリバー」について触れておこう。優勝者は、ドイツのノーマンスタッドラーで、バイクの強い選手だ。2006年の2度目の優勝の時に4:18:23という驚異的なコースレコードも出している。初代バイクスペシャリストウィナーと言ったところだろうか。二代目は昨年のセバスチャンキンールがそれに当たる。この優勝には、大きな意味があった。それまで、クウォータのイメージは繊細なデザイン性の高いバイクとして、競技性のイメージはなかったのだ。ある意味ノーマークのブランドだった。そんな中、スタッドラーによってウィナーズバイクとなり、しかも、バイクスペシャリストによるその結果は、最高だったのだ。これは、クウォータの「レーシングバイクの証明」でもあった。クウォータの造るバイクは、常に軽量にこだわるもので、トライアスロンでは異色でもあった。カーボンフォークなどモノ造りから始まったクウォータのこだわりがそこにあった。同時に振動吸収性も高く、幅広い層から支持を得たのだ。この初代のカリバーは、デビュー当初は、ケーブルなど露出だったが、マイナーチェンジを経てケーブル内蔵型になった。現行では、エアロ形状を高めたデザインとなっているが、これも同様に極めて扱い易いトライスロンバイクに仕上がっている。

2000年前半は、メーカーのコンセプト、実際の使用率などは、話題や人気と必ずしも合致していた時代ではなかったが、確実に2000年後半へのステップになっていた。そして、間もなく「トライアスロンバイク全盛期」がやってくるのだ。

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今回の参考資料は、プレストラックの上から撮った写真です。やはりスタッドラーのフォームは最高です。この写真は、2006年の2回目の優勝の時のものです。

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「来月は2000年後半について。いよいよ、あのバイクが登場です。」

BOSS-N1-STriathlon “ MONO ” Journalist   Nobutaka Otsuka

第2回

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Triathlon LUMINA No.46

P89~91 Mare Ingenii Tri BIKE CHRONICLE

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アルミとカーボンどちらが良いのか、500Sciに観る快適性と競技性の融合。」

このクロニクルの第2回目は、90年後半について振り返ってみる。この5年間は、「試行錯誤」の時代だったかもしれない。メーカーも迷い、ユーザーも迷う。そんな時代だった。クロモリからアルミの流れがあり、そこへ「新素材」と言われるカーボンやチタンが入ってきた時代で、フレーム素材として4つのマテリアルになった。この頃は、「一長一短」でそれらの素材を「選択肢」として見ていた。どれが絶対良いとか、悪いとかではなく、メリット、デメリットを考慮し、用途に生かした製作をしていたが、マーケットも拡大し、総合評価の高い、アルミとカーボンがメインとなって行った。

まず、アルミフレームは、90年前半から引き続き、好調に伸びていた。当時のトップ3(ケストレル、トレック、キャノンデール、他は、ソフトライド、QR、ジップ、ライトスピード、プリンシピア、スペシャライズド、クライン、フェルト、ルック、GTなど。)の中でカーボンフレームをリリースしていないキャノンデールが、95、99、00年にアイアンマンで使用率第1位となっていることから裏付けられる。02年にバイクに合わせたデザインのトライアスロンウエアをリリースしたり、03年からアイアンマンのオフィシャルバイクにもなった。モデル名まで「IRONMAN」という名称にするまでの力の入れようだった。キャノンデールの場合は、単純にアルミフレームメーカーと片付けられなかった。現在、カーボンに対し、アルミは格下のマテリアルとされがちだが、そこは、キャノンデールのこだわりが違うのだ。当時のキャノンデールは絶対的な自信を持ち、カーボンを使わず、アルミでの高い「振動吸収性」を目指した。「必要以上にコストをかけない」と言うポリシーが高品質なアルミフレームを生み出したのだ。そのスピリッツがまさに現在の「CAAD10」に生かされている。

ここで当時の幻のアルミバイクを一台。97年にリリースされた、GTの「ベンジンス」だ。これは、超エアロトライアスロンフレームで、95年にマーク・アレンが、琵琶湖アイアンマンで優勝、同年10月にハワイで最後となる6度目の優勝をした時に使用していた、「プロトタイプ」の市販モデルだ。96年アトランタ五輪の自転車競技においてUSAチームへの開発、供給をする中で、エアロダイナミクスも極め、トライアスロンでもNO.1を目指していた。

一方カーボンは、ケストレル、トレックを中心にルック、ジャイアント、コルナゴなど、本格参入は、まだ多くなかったが、確実に意識させられるようになって来た。特にケストレルは、トライアスロンを主戦場とし、そのカラーの強いブランドとして、人気を高めていった。そして、トレックは、80年後半から着手したカーボンフレームの最終形として、92年リリースのOCLVカーボンが一世を風靡、定着し、トライアスリートからローディまで、幅広く使用されるようになって来た。当時カーボンフレームと言えば、「高額で手が出ない、強度はあるのか」と、やや敬遠されていた90年前半から、徐々に気になり始めた時代が90年後半だった。当時の30万円台のフレームは現在の50万円台のイメージだったが、そこは、堅実なトライアスリート、流行だけではなく、本当に良いものなら使ってみたいと思い始めていたのだ。

このように、アルミメーカーもカーボンメーカーもそれぞれの考え方を持ち、アルミはより完成度を高め、カーボンは新たな可能性を追求した、素材の「バトル時代」だった。ただ冒頭に述べたように、「迷い」も感じた。それは、素材だけではなく、フレームデザインやホイール径も合わせた上で、何がゴールで、どこまで注力すべきかと。そんなバトルの話しに当時よくあったのが、「キャノンデールのアルミトライアスロンとトレックのカーボンロードのどちらにしたら良いのか」迷うユーザーが多かったという事実だ。ジオメトリー、フレーム素材そして26インチホイール径の3つの要素が選択のポイントとなった。キャノンデールは、ジオメトリーとホイール径で2ポイントゲット、トレックは、フレーム素材で1ポイントゲット。単純な比較にはならなかったが、当時は、ほぼ互角だった。キャノンデールは、幅広く使用され、トレックは、「バイク重視」の選手が乗る印象があった。トレックは、当時の人気選手、マイク・ピグやカレン・スマイヤーズなどが使用していたこともイメージが良く、ポイントが高かったと思う。

ここで、触れて置きたいのが、トレックの当時のトライアスロンへのこだわりと葛藤だ。98年にリリースした特異形状の「Y FOIL」だった。OCLVカーボンを使ったシートチューブレスのそのデザインは、エアロダイナミクス抜群、従来フレームよりも34%の空気抵抗低減を実現したのだ。当時は、このモデルによって、トレックの「トライアスロン本格参入」と賞賛された。そして、トレックのこだわりはもう一つ。ホイール径は700Cだったのだ。この頃のアイアンマンでのホイール径の比率は半々だったが、あえて700Cを選択していた。ただ、2年後の2000年には、26インチアルミトライアスロンをリリースしているのだ。サインからトレンドへ、そしてスタンダード化において難しい時代だったということなのだ。

最後に、この90年後半を代表するモデルであり、当時ハワイでもっとも使われたモデル、「ケストレル500SCI」について触れておこう。単一の人気モデルとしては、「初代アイアンマンバイク」と言えるだろう。サーベロP3(CLASSIC)はその二代目にあたる。92年にリリースされ、モデルチェンジすることなくロングセラーとなったモデルだ。このあたりも旧型P3に似ているかもしれない。ケストレルは、97、98、01年にハワイアイアンマンで使用率第1位になっている。500SCIは、シートチューブのない「オープントライアングル」形状で、イメージ通り、「快適性」を強調した造りとなっていた。当時は、「トライアスロン専用」のカテゴリーも確立されておらず、このモデルのシートアングルは73~74.25°と、寝ていた。ホイール系は26インチのみで、シートアングルを除けば、「トライアスロン専用」だったと言えるだろう。このバイクの特筆すべき最大のポイントは、ウィナーズバイクになったことがないことだろう。それにも関わらず、多くエイジ選手に使用されていたことが、このフレームの性能の高さの証明でもあった。ちなみに、ケストレルは、80年後半から90年前半にかけ、日本国内で生産されていた。余談だが、自転車漫画「のりりん」のヒロインも乗っているのが、この500SCIだ。

この時代は迷った。カーボンのロードが良いのか、アルミのトライアスロン専用バイクが良いのか。メーカーからもトライアスロンへどの程度注力すべきなのか、今ひとつ強いポリシーを感じることが出来なかった。それらもあってか「良いとこ取り」をするため、「ショップオリジナル」などが全盛の時代でもあった。

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今回の参考資料の一つ、23年前のケストレルのカタログ
 
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「来月は2000年前半について語ります。徐々にトライアスロンバイクへの関心が高まる頃ですね。」

BOSS-N1-STriathlon “ MONO ” Journalist   Nobutaka Otsuka

第1回

Triathlon LUMINA No.45

P81~83 Mare Ingenii Tri BIKE CHRONICLE

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「90年前半、高品質なバイクの登場、伝説のR700と26インチホイールバイク」 

トライアスロンが誕生して37年目に入る。原則単独走行のトライアスロンで使用するバイクの究極は、長い時間使用し、その効果が現れるロング系トライアスロンに使用されるバイクにその対策が明確に示されている。素材、形状、ジオメトリーなど、所謂ロードレーサーの延長線ではなくなってきたのが、90年代に入ってから顕著となったのだ。ちょうど25年が経った。この四半世紀で大きく進化したトライアスロンバイクについて振り返ってみる。

トライアスロンの世界では、やはりアメリカ系ブランドが主役だった。80年代からバイクの本格生産に入った、キャノンデールやトレックは、90年代に入り、それぞれ特徴のある高品質なバイクをリリースし始めたのだ。キャノンデールは、軽量アルミフレームの2.8Seriesトライアスロンを、トレックは、やはり看板となったOCLV製法のカーボンロードを開発した。90年前半の代表的なカーボンフレームと言えば、先述のトレックOCLVロード、当時世界初の特許を多く持って製作されたケストレル、ハワイ6勝のマークアレンも乗ったルックKG196。その他カーボンブランドとしては、コルナゴやジャイアントだった。

ここで、触れて置きたいのが、そのマークアレンの乗ったKG196だ。93年モデルとして登場し、94年モデルとして、スペシャルカラーとアッセンブルの「マークアレンシグネチャーモデル」がリリース。アレンが乗ったことも話題だったが、当時ルックと言えば、カーボンフレームの代表格。ツールドフランスでも奇抜なデザインのフレームをデビューさせ、ONCEチームが使用し、機材が「話題」になる、そんなイメージが強かった。20年以上経った今でも色褪せないバイクだ。なぜかと言うと、当時の設計が今に生かされているからなのだ。最もそれを感じるのは、ヘッド周りで、当時ルックは、「AEROFIN fork」と呼んでいたが、フォークとヘッドが一体化されてエアロ形状になったものだ。当時は斬新なデザインだったが、今や当たり前に見るデザインだ。BMCのTM01やトレックのSpeedConceptなど、現在最も人気のあるバイクのヘッド周りは、「ルック型」なのだ。

26インチホイールの考え方が全盛となった90年代は、各社26インチモデルをリリース、80年代後半からすでに先行していたQRやカーボンのケストレル、ビームフレームのZIPPやソフトライドなど、「トライアスロン色」の強いブランドが目立っていた。ライトスピードやプリンシピアなどはやや遅れて生産、そして、肝心なトレックにおいては、なんと、ライバルのキャノンデールに遅れること2000年にアルミフレームで登場したのだった。また、ロードのキング、コルナゴの名車C40の26インチトライアスロンやルックのチタンフレームのTI282やアルミフレームのAL264の26インチトライアスロンまで、欧州のブランドまで影響を受けていたのだ。

当時の26インチモデルは、サイズに関係なく設定されており、キャノンデールR700などは630mmという超ビッグサイズにも26インチが採用されていた。これは、「エアロダイナミクス優先」の考え方で、当時よく話題に上がった、前面投影面積の大きさや、速度に二乗して大きくなる空気抵抗などへの対策がメインだった。そして、現在の考え方は、「ポジション優先」となっている。サーベロPシリーズの450mm、キャノンデールSLICE WOMEN’Sの 440mm、トレックSpeedConcept9.5WSDのXS、フェルトDA,B,S各シリーズの470mmなどが現在の代表的な26インチモデルで、共通することは、各社最小サイズに設定があることだ。小柄な選手は、無理して700Cサイズにせず「ポジション重視」を推奨しているということ。

当時のアイアンマンにおいての使用率は、キャノンデールvsトレックvsケストレルの三つ巴で、各社勝ったり、負けたりしながら鎬を削っていた。そんな中ではあったが、90年前半は、トレックが強かった。やはりアメリカブランドであるということと、80年台から手がけているカーボンフレームなどが貢献した。そして、トレックは、OCLV製法のカーボンロードをリリースした92年に118台から94年には、176台まで伸ばしているのだ。もちろん使用率トップだ。ここで特筆すべくはキャノンデールの伸びだったのだ。アルミ全盛の波に乗って、93年に3ケタの使用率に突入、翌年94年には、132台まで伸ばしてきた。ここで大前提となるが、この台数は、現在のサーベロの500台弱というのは別格、3ケタで「ハワイの顔」そして、当時であれば200台に近づけば快挙と言えるのだ。

もう一度トップ3ブランドについて、フレーム素材から見ると、トレックとケストレルはカーボンフレーム、キャノンデールだけが、アルミフレームだった。今やフレーム素材は、カーボンが競技においては当り前の時代となったが、当時は、「新素材」と呼ばれたカーボンとアルミが比較されていたのだ。そのため、現在ハワイアイアンマンでもチェックされていないフレーム素材に関してもチェックされていて、90年前半では、カーボンはほぼ横ばいながら、アルミは、92年の18%から94年の34%へと、今では考えられない驚異的な伸びを示している。これは、キャノンデールを筆頭とするアルミフレームの伸びが大きいと考えられる。当時カーボンは高額なフラッグシップが多かったこともあるだろう。

ここで、90年前半を代表するモデルでありトライアスロンバイクの代名詞、「伝説のR700」について触れておこう。93年にフルモデルチェンジし、登場したキャノンデールのトライアスロンバイクで、軽量性、26インチホイール、仕上げ、ジオメトリー、パーツアッセンブル、そしてデザインなどあらゆる面において、当時の「象徴的」バイクであったと思う。それまでの重いスチールフレームから、R700の完成度の高い軽量アルミフレームが注目となり、ロードにDHバーを取り付けただけのトライアスロン仕様から専用設計になり、また、国内には当時正規入荷していなかった変速パーツ「グリップシフト」が採用されていたりと、憧れのバイクだった。また、モデル設定が105完成車だったため、価格はリーズナブル(\190,000)だったことも人気となった理由だ。翌年94年には、R700とともに、上位モデルR1000が登場、ハイポリッシュのカラーが大絶賛を得た。後に97年にモデルチェンジとなりMS800(マルチスポーツ800)とシリーズ名称も変更となって「R700」が欠番となった。残念。

いずれにせよ、このバイクの「バトル時代」に突入したことは、トライアスリートにとって、より選択肢の増える朗報であり、大きな期待となった。

 

 

「只今、第2回に向け執筆中!時間がな~い(笑)」

BOSS-N1-STriathlon “ MONO ” Journalist   Nobutaka Otsuka