
■Contents
- GERONIMO COUNT
- Race Photo Report
- Race Recap Report
- Official Member Report-2
- Official Member Report-1
- 【取材予定】第43回全日本トライアスロン皆生大会










7/20(日)第43回全日本トライアスロン皆生大会(皆生トライアスロン協会主催「スポーツ振興くじ助成事業)が開催された。
皆生大会は、1981年に始まった国内発祥の大会で、その歴史こそが日本の歴史とも言える大会だ。皆生の特徴としては、「短めのロング」というイメージを持っているかもしれない。大きくは2つだろうか、「灼熱」と「バイクコース」を口にする選手が多いだろう。
スイムは宮古島と同じ3kmだが、波や潮流によってはハードな3kmとなることもある。バイクは、佐渡やアイアンマンなどに比べ、40~50km短いが、アップダウンの連続、気が抜けないテクニカルコースは「佐渡とどちらがきつい?」との声が聞こえてくるほど。そして、そんなバイクコースで中々余力を残せずランに入るが、そこは「灼熱」の世界となっているサバイバルなレースなのだ。
今回の出場選手は978名(個人の部)がエントリー、内92名が女性選手となっている。また、最年少は20歳、最年長は81歳と幅広い選手層となっていることも特徴と言える。地域性は42都府県からのエントリーとなっているが、大阪122名、兵庫89名、鳥取83名など、「関西系」の大会でもある。
そして、43回の歴史において初めて「Bタイプ」が新設された。狙いは「全員が勝利者を目指す」皆生大会として、距離を短くし、まずは完走に対する難易度を下げることで、新たな挑戦者を迎えるために設定された。
尚、今回よりTriathlon Japanの2025NTTトライアスロンエイジグループ・ナショナルチャンピオンシップシリーズロング第9戦としてポイント対象レースとなったことで、実質のロング(宮古、長崎、皆生、佐渡、北海道)をメインに出場している選手にとっては朗報となる。
レース結果は、Aタイプが75.6%の完走率、Bタイプが66.6%となっている。Aタイプ男子は丸尾公貞選手(愛媛県・39歳)初優勝、女子は宇治公子選手(大阪府・43歳)の連覇。新設のBタイプ男子は原田和範選手(滋賀県・33歳)、女子は小川千恵子選手(大阪府・53歳)が初代の覇者となった。
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以下、リキャップとなる。7回目の取材となったが、変わらず、古き良き、トライアスロンの原風景が広がっていた。




コースは、23年から採用されているワンループで泳ぐ3km。皆生温泉の海水浴場に沿って泳ぎ、中間地点で一度上陸、チェック。折り返しスタート地点に戻る分かりやすいコース。また、スタートはビーチからの一斉スタートだが、比較的ゆっくりと海に入り、順次泳ぎ始めるようなスタートとなる。そして、スタート直後の第1コーナー付近ではやはり密集状態となりやすいため、ポジション取りも重要となる。
今回は、波はなく、潮流の影響もない、泳ぎやすいコンディションだったため、タイムも概ねイメージ通りにアップできているのではないだろうか。ただ、昨年は波、潮流の影響により、後方の選手では15~20分程度遅くなっている。タイムだけでなく、心身ともにダメージがあることを常に想定し、十分なスイムトレーニングを積んでおかなければいけない。


コースは、皆生らしさであり、名物とも言えるアップダウン&テクニカルとなる140km。他のロングよりは短いが舐めてはいけない。フラットもあるのだが、「上っているか、下っているかしかない」と口にする選手が多い。そんな強烈なイメージが残るということなのだ。また、試走をするかしないかは大きい。下りのスピードを殺さず、走り続けるためには「先」がみえていなければいけない。その点では地元や関西の選手は強い。
序盤50kmの目標は大山。大山を上ると言っても頂上まで行くわけではなく、裾野を走るだけなのだが、そこが長く1~3%程度の坂が続くため、休めない。ガーデンプレイスを過ぎ、大山の橋は応援ポイントのため元気に走りたいところだが、ここですでに明暗が分かれている。まだ序盤となる50km程度で、余裕のある選手は「DHポジション」で颯爽と走っているが、表情が険しくなってきている選手も少なくない。
中盤40kmの目標は折り返し地点となる中山温泉。そこに行くまでに「ジェットコースター往路」となる。イメージは直線で下りと上りのセットとなる。下りで脚を止めていては上れない。いや、上れるが下りの勢いを活かせず、皆生攻略とは言えない。更に直線ばかりではなく、コーナーも多いテクニカルには慎重さが重要となる。
終盤50kmの目標はもちろん、前半の「ジェットコースター復路」のクリアだろう。やはり、まず、アップダウンとテクニカルのエリアを終えたい。ここで選手間の走りには大きく差が出てくる。コース、疲労、そして、灼熱が襲いかかるからだ。真上から降り注ぐ太陽は容赦ない。
今回は、天候に恵まれ、下りやコーナーも攻める走りができていただろう。もちろん暑さも厳しくなってきていたが、大雨よりは安心して走れる。比較的速かった選手は、終盤の日野川沿いで例年向かい風となるのだが、追い風に助けられたと選手から聞いている。


コースは、概ねフラットのスピードコースとなる40km(実測41km)。序盤、終盤は街中を走り、中盤で海岸エリアとなる弓ヶ浜サイクリングコースを走る。
序盤9kmの目標は弓ヶ浜の海。弓ヶ浜サイクリングロードまでは街中を走るが、途中陸橋、地下道を通る。
中盤24kmの目標は竹内工業団地の境夢みなとターミナルの折返しポイント。まずは海沿いのサイクリングロードを走るが、路面のコンディションが良いため、走りやすい。ただ、日陰は皆無。耐え忍びながら、ひたすら我慢の走りをする。大山を背にして走る風光明媚なポイントであり、空港も近いため、飛行機が低い位置で飛んでいるが、それを確認する余裕はない。
終盤8kmの目標はもちろんゴールのどらドラパーク米子陸上競技場。ここが最後の試練となる。フラットではあるが、地下道と陸橋2つがある。また、それまで走っていたサイクリングロードから街中の歩道に入ると、微妙な段差もキツく感じて来ていたのではないだろうか。
今回は、曇ったり、涼しい風が吹く時間もあった。「焼け石に水」だったかもしれないが。

7回目の取材となったが、ご覧の通りの天候だった。皆生と言えば灼熱か、大雨が降るか、今年はどちらだろうと覚悟しながら現地入りをしている。やはり選手の安全性、特にバイク走行時を考えると灼熱でも晴れた方が良い。
予定通り、開催が決定される5時の気温は26.9℃。当日の最高気温はお昼前に36℃を記録している。12:30には南寄りの風から北寄りの風に明確に切り替わっていた。日野川沿いも走る時間帯によって恩恵を受けられた選手もいたわけだ。
そして、暑さ感を増幅する湿度だが低かった。一日中ではないが、5時に70%を記録後、下り始め、9時には60%を切り、お昼には50%を切っていた。選手に実感があったかどうか別だが、良いコンディションだったということだ。ただ、15時頃から再び上がり始め、17:30には70%を超え、遅い選手にとっては暑かったと感じたことだろう。大会終了時には80%となっていた。
個人的な見解だが、今回の暑さは5段階言えば4だったと感じている。過去6回の取材の中ではもっと暑く、特に湿度が高い時もあった。つまり、最悪は避けられたということ。
※気象情報:鳥取地方気象台米子地区 2025年7月20日10分毎

今回初めて調査してみた。宮古島では良くチェックしていたが、皆生はどうなのだろうか。国内全体としても「高齢化」が進む中で、皆生に特性はあるのだろうか。
50代が中心である現状は変わらない。宮古では50-54がトップシェアであり、皆生も同様なことが分かる。ただ宮古は23%であり、4ポイント高い。前後のシェアはさほど差はないが50-54だけが多い傾向だった。

「完走率」はあらためて気になるキーワードだ。「完走は当たり前」「完走しなければ意味がない」など、簡単に言えなくなって来ている。現在、国内で開催されている5ロングで年間3500~4000人程度の延べ完走者が存在するが、基本的には完走するもの、となって来ている。
今回は、40代までの完走率が高いが、50代を超えてくると完走率が落ちている。ただ、50代の完走率は低めとなっていても、参加者数が多いため、「完走者数」自体は大きく占めている。50代は、高齢だから完走率が悪いとは言い切れない。それぞれ「取組み方」の違いが表れているのではないだろうか。つまり勢いだけでは難しいということ。
限られた時間の中で、計画性や効率性などの見直しによって、より安全に楽しく生涯スポーツとして継続できるのではないだろうか。国内では50代が中心となるスポーツだ。仮に30代、40代が増えても、50代が減ることはないだろう。上手く進めて行きたいところだ。

並んで走る丸尾選手と山岸選手。
竹内工業団地内の最初の給水所の手前の光景だ。距離にして18km程度地点だろう。まさに「ガチ」と言った感じだった。真横にビタっと並んだ状態で走っている姿に興奮を覚えた。まだ半分以上残っている中でいつどのように仕掛けるのだろうか。
この直後、中野緑地給水所で、山岸選手が前に出た。その差は見る見るうちに広がり、30秒差をつけていた。26km程度の地点では2分差まで広がっていたため、そのまま行くかと思われた。
その後、ゴール地点に戻り選手を待つことに。
ゴール地点でレース状況が随時入って来ていたのだが、「#10丸尾選手がトップ」に会場はどよめいていた。逆転したのか?、そして、「間もなく丸尾選手がゴールします」とアナウンスされた。次に入って来たのは高橋選手だった。昨年覇者の高橋選手は得意のランで追い上げ18分遅れのランスタートから見事に追いついたのだった。

高橋選手は2ヶ月前に交通事故で大怪我をしていた。そんな中での2位は大健闘だった。本調子だったらどうなっていたのだろうか。

同伴ゴールができる大会。
他の大会は禁止になったり、一緒にテープを切れなかったりだが、皆生は思う存分のゴールが楽しめる。しかもカメラ目線でもあるのだが、「近い」距離で目の当たりにするのだ。各選手それぞれのゴールがあり、一日中走り回ったご褒美を味わうことができる瞬間だ。
仲間や家族、特にお子さんとのゴールは必見だろう。周りの人々も感動のお裾分けにあやかれるということ。
他の大会もそれぞれ事情があると思うが、最後の最後くらいは選手が好きなようにやらせてあげられると良いのだが。皆生はそれができる。


今年もレジェンドの二人は特別招待選手として参戦。
まさにこのような選手こそ「レジェンド」と呼ぶに相応しいだろう。藤原選手は「サラリーマン三羽烏」と言われた名選手で、フルタイムワーカーでありながらもこの皆生8勝など周知の活躍をして来た。藤原選手と言えば「研究家」でもあり独自のメソッドで走ってきた異色の選手でもある。
谷選手は1993年のアイアンマンワールドチャンプオンシップでプロ12位入賞(当時は15位までが入賞)するなど、輝かしい経歴となる。日本のプロロングの世界は、2000年コナで谷、宮塚、田村の3選手がTOP20に入って以来、止まっていると言っても良いだろう。そんな最高潮の時代に活躍していた選手だ。
皆生大会はこのような選手たちを大切にしている。常にゼッケン1を用意していることも皆生流なのだ。

今年も約2000名のボランティアに支えられ開催している。
現在、コロナ以降、ボランティア確保が難しいと各大会でも聞く。ボランティアの数も多ければ良いということではないと思うが、理屈抜きに盛り上がりを感じる。ボランティアは大会規模にもよるが、1000名超えれば多いと思う。選手数と同じくらいであれば申し分ないだろう。2000名ということは選手1名に対し、2名のボランティアがつく計算になるということだ。
もちろん、集まっているだけではなく、慣れている。エイドステーションには名産のスイカがあって選手を喜ばせているが、それだけではない。「OS-1」があったり、氷を切らさないなど、選手への配慮もレベルが高い体制となっている。
また、やはり「慣れ」は言うまでもなく重要で、長年続いている大会のボランティアには安心を感じる。友人、家族、部活、企業など地元の関係性の良さが成すということなのだろう。
そして、皆生は子供たちが多くボランティアに参加している。これが重要なのだ。「大きくなったら鉄人になる」という憧れの面もあるのだ。これは佐渡にも見られる傾向だが、あらためて、地元を始めとした多くの関係者に支えられていることを感じる。宿泊していたホテルの仲居さんもボランティアをされていて「もう来年の準備を始めますよ」と冗談を交えて地元の一体感を感じさせてくれた。


皆生が終わった。
Aタイプ男子は丸尾選手の初優勝、女子は宇治選手の連覇となった。丸尾選手は一度2位に下がってからの逆転優勝。宇治選手は昨年に続き、涼しかった昨年のタイムを大幅に更新し優勝となった。
丸尾選手が静かに語り始めた。
MC:まずは今の気持ちを
「優勝できるとは思っていませんでした。」
MC:情報が錯綜していて
「エイドを飛ばした時に先頭の山岸さんがそのエイドに入っていたということで逆転したみたいです」
MC:高橋選手についての印象は?
「高橋さんは前に出られることはなかったのですが、後ろで追い上げているなということは感じていたので一生懸命逃げました。」
MC:昨年は4位、今年はどうだった?
「昨年はランの最初で潰れてしまったので、今年はランも最初から余裕を持ってイーブンペースで行こうと決めていたのが良かったと思います。」
MC:今日のレース振り返って、印象的だったポイントは?
「去年は雨だったので、今年は快晴で灼熱の皆生味わえて、その中で優勝できてことは良かったと思います。」
MC:今後の目標は?
「トライアスロンをできる限り楽しんで行きたいと思います。」
MC:みなさまにメッセージを
「凄い楽しい大会をさせてもらって本当に感謝しています。沿道のみなさんも一生懸命サポートしてくれたので、この暑い中最後まで走り切れたのだと思います。ありがとうございました。」
今年は、穏やかスイムとなったことが良かった。上位選手の中でもスイムが得意ではない選手もいて、昨年より大幅にタイムアップしていた。あとは暑さの戦いだったと思うが、これは得て不得手で大きく差が出ていたように思う。特に一般選手は完走がかかっているため、必死の形相で力を振り絞っていた。
来年に向け準備を始めよう。
《日時》2025年7月20日(日)7:00~21:30
《選手数》※個人の部
Aタイプ
Bタイプ
《順位》※個人の部
Aタイプ 男子総合
Aタイプ 女子総合
Bタイプ 男子総合
Bタイプ 女子総合
公式記録:https://www.kaike-triathlon.com/?p=5822
◾️Triathlon GERONIMO
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「激しく、厳しいが、楽しく、優しい皆生。」

Triathlon “ MONO ” Journalist Nobutaka Otsuka

〜 第43回全日本トライアスロン皆生大会に参戦して 〜
小嶋 しのぶ
昨年に引き続き今年も参加させて頂きました。
去年は灼熱の皆生とは程遠い大雨の皆生で、完走は出来たもののやはり皆生は灼熱の中完走しなくちゃ皆生じゃない!そして1回の完走ではビギナーズラックかもしれないので今年も意を決して参加を決意しました。(本当に決意するという言葉がぴったりのバードルの高い大会です)
当日の朝は少し気温も落ち着いていたが、間違えなく暑くなるはずと覚悟を決める。

今年の海は凪、去年のような潮流はない。きっと泳ぎ易いが、バトルは避けられない。
でも一斉スタートはロングの醍醐味で結構好き。男性とのバトルは体の小さい私には結構きついがやっぱりこれです。ノーバトル宣言もあり、ゴーグル蹴られてずれても、足や腰を押されても嬉しくはないけど頭にはこない。でもやはり往路は遠く感じる・・・先が見えないから?? 潮流は無かったはずだがやはり復路の方が若干早かった。無事予定より早くスイムアップ!
T1 へのシャワーは大渋滞。焦っても仕方ないのでしっかり潮を流してバイクへ。

ここから苦手なバイク・ランと続く。
今年は去年より暑いので、とにかく時間との闘いであるのは分かっていた。ハイドレーションに貼ったエイドでの予定時間を確認して進む。今年は場所によっては風も結構感じて、坂同様に向かい風では我慢のペダリングも必要だった。バイクのエイドでの水かけや氷に助けられ、更に、山の中の坂の途中で冷たい水をかけてくれる沿道の方々には本当に頭が下がりました。暑い中そこまで水を運んだり、長い間炎天下で応援することを考えると感謝しかありません。
途中少し路面が悪い所で、ボトルやハイドレーション、工具等を飛ばしている選手がおり、危うく巻き込まれそうになりました。また途中かなりの数のボトルが落ちていて、下手をすると他の選手の事故の元になるので、そういった機材の管理については各選手がしっかりやるべきだと思いました。私は遅いので道路には沢山の物が落ちていて、これをまたボランティアさんが拾うのかを思うと申し訳なく思いながら漕いでました。(早い選手は見ない光景かもしれない・・)
どうにかバイクの最終エンドまで30分を残しバイク終了。『お帰り!』の声に思わず『有難うございます!間に合った~』と叫ぶ。猛暑の中でバイクゴール出来たのは本当に嬉しかった。

さぁ更に問題のランへ行く。でもどうにかここまでつないだ!
バイク100キロ過ぎからつり始めた足をどうにか動かすもスタート直後の海水浴場当たりはつりがひどくなかなか進めない。更に右足の痺れもありストップ&ゴーを繰り返しながら走る。街中に入ると所々建物の日陰があり、そこを狙って進む事に。最初のエイドが遠い・・・。
やっとエイドで氷をゲット。結局この氷が命綱でした。これがあったからどうにか走れたのだと思います。とにかく皆生大会のすごい所はこの氷です!!!命を守ってくれると言っても過言ではないです。もちろん途中無くなってしまっているエイドもありましたが、ちょうどトラックで持って来てくれた場所もあり、きちんと補充してくれているのだ!と感激しました。
いつもなくなったら終わりの大会が多いのですが、やっぱり皆生は違う!

ランの途中仲間やチームのボスからのパワー注入と、わざわざ東京から応援に来てくれていた友人からの声かけで、復路は絶対に歩かないと心に決めて進む。
復路は弓ヶ浜に入る手前の街道沿いから暗くなり周りが見えなくなる。弓ヶ浜は完全に闇。少しの明かりを頼りに走る。ほぼ一人旅なので、道があっているかも不安でしたが、要所には関係者の方が立っていてくれたので助かりました。(去年より明かりがあった気がします)復路エイドではボランティアの皆さんが拍手でお帰りと声をかけてくれて、絶対ゴールするしかないと気持ちを引き締めて走る。
最後の方のエイドだと氷は諦めていたのに、“氷ありますか?” “氷あるよ~” “マジ嬉しい~ホントに助かります”のやり取り。ちょっとほっこり。最後の足切りエイドをどうにかクリア。残り1時間ちょっとあると確認。でも歩く時間は絶対にない。歩いてゴールとかはあり得ないと自分を奮い立たせて走る。
ドラドラが近づいてくると、沿道のボランティアさんが、あの明かりがゴールですよ~と声をかけてくれ、やっと終われるとホッとしました。ちょうどゴール手間で一緒に走っていた方が、『自分たちやりましよね!』と声をかけてくれて、『ホントに抗いましたね!』と返す。(その方のウエアの背中に“最後まで抗え”と書いてあった)最後の最後にちょっと嬉しいやり取りでした。

スタジアムに入るとかなり前にゴールしている仲間が同伴ゴールのため待っていてくれた!引っ張ってもらいながらゴールゲートでテープを切る。
やっと長い一日が終わった・・・絶対完走を誓ってスタートしたので、途中諦めるという考えは一瞬たりともなかったが、正直かなり、だいぶ辛かった。

でもこのゴールの一瞬が忘れられず人はまたここに戻ってくるのだと芝生に寝ころびながら完走の喜びを味わっていました。
今年もお世話になりました。この素晴らしい大会がずっと続くよう、選手の我々も一緒に大会を作っていかないといけないと思いました。大会関係者の皆様、ボランティア、沿道の応援の方々に心より御礼申し上げます。有難うございました。
「皆生らしい暑さの中での制覇は本物。」

Triathlon “ MONO ” Journalist Nobutaka Otsuka

〜憧れの皆生トライアスロンに参加して〜
古田真子
2025年7月20日に鳥取で行われた皆生トライアスロンに参加し、無事に完走することが出来ました。
私がこの大会を知ったのは8年前。トライアスロンを始めて少し経った頃で、皆生大会は日本でトライアスロンの大会として初めて開催された伝統ある大会ということで、トライアスロンをやるからにはいつかは完走してみたいと強く思ったのを覚えています。ただ、皆生大会は、暑さ、コース共に非常に厳しく、「灼熱の皆生」と言われるように過酷で、当時ODの大会に出始めたばかりの私にとっては遥か遠い世界のことでした。
それから徐々に練習仲間も増え始め、仲間が次々にロングのレースに挑戦し、完走する姿に感動し、私も長い距離に挑戦する決意をしました。約1年前から練習計画を立て準備をし、最初のロングは2023年の宮古島大会(コロナ以降の距離短縮で微妙な達成感だったことを覚えています)、その後は同年9月の佐渡Aに参加(完走を喜んだのも束の間、帰宅翌日より高熱が3日間以上続き、ちょっとしたトラウマに・・・)。
2024年はいよいよ皆生に挑戦かと思っていましたが、メンタル面も含めて色々と準備が整わず、エントリーを見送ってしまいました。前年の佐渡の辛さを思い出し、最後の一歩が踏み出せなかったのも事実。それでいながら、トライアスロンシーズンが終わる頃にはなんだかやり残した気持ちが残りました。そして2025年、今年こそは!とエントリーし、参加できる機会に恵まれました。

今回は初めての飛行機輪行ということもあり、緊張しつつ皆生の地に降り立ったのは大会前日。
米子空港から宿に向かうタクシーからは、子供の頃に夏休みの絵日記に描いたような、長閑な日本の原風景が広がっていました。少し行くと大山が正面に見え、穏やかそうな年配のタクシーの運転手の方が、「私はこの角度から見る大山が一番好きなんですよ」と、子供の頃に自転車で大山のほうまで遊びに行き、坂がきつくて登れなかったことや、何年か前にトライアスロンのボランティアをした時の話などを交えながら楽しく道中案内をしてくださいました。タクシーを降りる時には私もすっかりリラックスモードになり、運転手の方から、「明日は頑張ってください!」と力強く励ましていただきとても有り難かったです。
そして、宿でジェロニモの皆さんと無事に合流し、大塚さんにも手伝っていただきバイクを組み立て、異常がないことを確認できてやっと一安心。その後は車でコースの下見に行き、競技説明にもあった間違えやすい箇所やエイドの場所をチェック。コースのアップダウンの多さも聞いていた通りで、その時はなんとなく翌日のレースのイメージが出来たつもりでいたのでした(しかし実際にレース当日にバイクで走ってみると、暑さもあり想像を遥かに超えるキツさ!自分は甘かったと反省することに・・・)。その夜はサッと温泉に浸かり早めに就寝し、落ち着いてレース当日を迎えました。

大会当日の天気は晴れ時々曇り。5時半に宿を出発する時には太陽はすっかり昇り、既にもう蒸し暑さを感じました。会場に到着し、バイクセッティングを済ませると、あっという間に試泳の時間。バタバタと試泳を済ませ、スタートラインに並んで前を見ると、前日よりも穏やかな海がありました。緊張よりも、やっと憧れていた皆生に来れた喜びが胸に込み上げてきました。長い1日の始まりです。


スイムは、第1ブイまではそれなりに混雑していましたが、淡々とマイペースで進めばストレスを感じるほどではなく、海の透明度も高く気持ちよく泳げました。
無事にスイムを終え、私にとって課題のバイクへ。前日にコースの下見をしたものの、ここからは未知の世界なので慎重に進みます。20キロ〜25キロ地点くらいまでは調子良く、この感じだと案外行けそうかも?と思ったのが大間違い!そこからが本当の皆生の始まりでした。暑さも気になり始めアップダウンを繰り返すたびにペダルが重くなり、段々と心も折れ始め、、、そんな時に沿道にジェロニモの大塚さんの姿が見えました。
そして、大塚さんから「これが皆生だ!!」と発破を掛けられたその瞬間、大会にエントリーした時の強い気持ちを思い出し、そこからは「これでこそ皆生なんだ」と自分に言い聞かせ、前向きな気持ちに切り替えることができました。終盤は向かい風に苦しみましたが、なんとか制限時間内にバイクフィニッシュ。給水所のボランティアの方々の手厚いサポートや、沿道に立って応援してくださる老若男女の住民の方々にも、どれほど励まされたかわかりません。

ランスタート時の時刻は既に15時半近く。40キロを6時間で走り切れば完走出来る計算だけれど、歩くとアウトな状況。
とにかく絶対に歩かないことだけを考え、氷があるエイドでは必ず氷をもらい、頭、首筋と背中を冷やしながら前へ前へ。折り返しを過ぎてそのうちに日が暮れ始め、風が心地よく、海沿いの道に出た時に目の前に広がった美しい景色にしばし心癒されました。暗くなってからも沿道から応援してくれる人たち、道路を走る車の中から一生懸命応援してくれる子供達、最後の最後まで給水所で待ってくれているボランティアの方たちの声援に背中を押してもらいフィニッシュ会場である競技場の中へ。

スタートしてから14時間と少し、私よりも随分と前にフィニッシュしていた仲間に迎えられ一緒にゴール。達成感というよりも、もはや感謝の気持ちしかありませんでした。長い長い1日でしたが、自分自身とじっくりと向き合う貴重な時間でもありました。

皆生トライアスロンは噂通りとても過酷なレースでしたが、それ以上に感じたのが、皆生の自然の美しさ、皆生の人たちの温かさ、仲間の存在の有り難さでした。
レース中、特にバイクコースには苦しめられ、もう二度とこんなにしんどいレースには出ないぞと思っていたはずなのに、レース翌日の朝に車窓から見えた弓ヶ浜の美しい風景を眺めながら、是非またもう一度皆生トライアスロンに挑戦したいと思っている自分がいました。次はあの手強いバイクコースとも少しは仲良くなれたらな、と。
皆生大会は、私にとっては苦しい以上に魅力のある、古き良き日本のトライアスロンでした。
大会の運営に関る全ての皆様、ボランティアの皆様、応援してくださった皆様、仲間や家族に心から感謝いたします。ありがとうございました。
「これが皆生だ。」

Triathlon “ MONO ” Journalist Nobutaka Otsuka

第43回全日本トライアスロン皆生大会。今年も熱い夏がやってくる。元祖「鉄人レース」で、国内5ロングの一角であり、コースと暑さが厳しいレースが開催される。
今年から「Bタイプ」が追加となった。「セミロング」とされ、バイクとランの距離を短くしている。皆生のAタイプの距離は現行の宮古島よりは長いが、バイクが140kmで、佐渡やアイアンマンに比べると短くはなっている。ただ、アップダウン、テクニカル、そして、灼熱を合わせて考えると厳しいコースであることは間違いない。特に気温が上がった場合、まさに「サバイバル」とも言えるのだ。そんな意味では、セミロングが皆生の登竜門として段階的に出場することが可能となる選択肢は朗報と言えるだろう。
皆生は、日本のトライアスロンの歴史を紐解く大会でもある。オアフ島で開催していたアイアンマンの運営マニュアルを取り寄せ開催された「日本のアイアンマン」でもあるのだ。そんな歴史を感じさせてくれる最古の大会は、レベルが高い。安全第一の中で選手の実力が大きく関係してくるため、抽選ではない。厳正な書類選考の元、出場権を獲得することができる。1980年代の国内創成期の感覚が残る唯一の大会と言っても良いだろう。
今年で43回目となる歴史ある皆生は、地元にとっても「名物」であり、守られて来た。そのカタチがボランティアの多さに驚かされる。特に子供たちが多く、そんなボランティアの前では頑張らざるを得ない、大きな力をもらえる大会だ。佐渡もそうだが、子供の頃から関わり、大きくなったら大会に出る、という土壌が皆生が存続されている理由の一つでもある。

2024年のレポート:http://triathlon-geronimo.com/?p=50511
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■開催日 2025/7/20(日)
■競技
※詳しくは、http://www.kaike-triathlon.com/
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「今年の皆生は灼熱か、大雨か。激しい気象の中で開催される皆生は日本の歴史そのものだ。」

Triathlon “ MONO ” Journalist Nobutaka Otsuka


今年の横浜が終わった。
15回目の記念大会も大雨に見舞われた。時折小雨となったが、終始雨となり、特に午後の男子の時間は強く降っていた。上がったのは、競技が終了し、男子の表彰式の時だった。バイクでは例年通り「雨仕様」のコースに変更され、慎重に走っていたが、女子の#22ボーグラン(パリオリンピック金メダリスト)が落車のためDNFとなっている。
男子優勝は、オーストラリアのハウザーで昨年2位からの制覇となった。スイムを2位で上がり、バイクでは後方につくことが多かったが、ランラップ1位の走りで一気にスパートをかけ、ビラサ、イダルゴを振り切り、三つ巴を制している。女子優勝は、ルクセンブルクのルエールで初優勝となった。こちらもスイム2位で上がり、バイクは積極的に引っ張っていた。ランでもラップ2位でカバーしている。
日本人1位は、男子がニナー賢治、女子は高橋侑子の両エースとなった。
リキャップのレポートは、後日アップ予定。







「雨のため、ギャラリーは減ってしまったが、今年も素晴らしいレースを観せてもらった」

Triathlon “ MONO ” Journalist Nobutaka Otsuka

今年も国内最高峰のオリンピックディスタンスが開催予定となっている。
ワールドトライアスロンチャンピオンシップシリーズ(WTCS)とは、オリンピックディスタンスをメインに年間チャンピオンを決める全8戦(2025年)のシリーズ戦で競われる世界最高峰の大会となっている。
WTCS今シーズンの第2戦となる横浜大会は、今年で15回目の記念大会を迎える開催回数の多い注目大会でもある。大会はエリートとエイジのカテゴリーで開催され、初日は、世界のトップエリート選手のスピードとパワフルな走りが見応えとなり、2日目はエイジ選手が同会場でコースは異なるが、出場することができる人気大会となっている。
今回のエリート選手は、男子49名、女子42名の合計91名の選手が出場予定。男子はWTCSランキング2位のマシュー・ハウザー選手(オーストラリア)がゼッケン1で出場、女子はWTランキング1位であり、パリオリンピックチャンピオンのカサンドル・ボーグラン選手(フランス)が出場するエキサイティングな展開が予想される今回の大会だ。
日本人男子選手は7名出場となる。ニナー賢治選手がゼッケン15で出場する。現在の日本人トライアスリートにおいて、最も世界レベルで戦える選手だけに、大きな注目が集まっている。その他、#29安松青葉選手、#31北條巧選手、#35佐藤錬選手、#43定塚利心選手、#45大島拓人選手、#46吉川恭太郎選手が出場、など男子勢の活躍を期待したい。
日本人女子選手は8名出場となる。#20平泉真心選手、#29高橋侑子選手、#30林愛望選手、#33中山彩理香選手、#34酒井美有選手、#36佐藤佳子選手、#39佐藤姫夏選手、#41武中香奈枝選手が出場、天候も加味した地元のアドバンテージを活かしてほしい。
さて、会場となる「YOKOHAMA」は、異国情緒のある観光スポットとしても人気の高い場所だ。国際大会の開催場所としては最も相応しい理想的なロケーションとなる。一方で、そのような会場での開催のハードルは極めて高いと言えるが、見事に人気大会となり、継続されていることは素晴らしい。
横浜大会は雨に見舞われることが多いのだが、今年も雨予報。気になるのは落車だ。もちろん、選手たちは、横浜大会での落車の危険性の高さは事前に織り込み済みではあると思うが、まずは無事なレースを祈念したい。

■開催日 2025/5/16(土)~17(日)
■競技
■大会サイト
ワールドトライアスロンチャンピオンシップシリーズ横浜2025
■放送スケジュール
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★咋年のレポート:http://triathlon-geronimo.com/?p=50261
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「世界最高レベルのレースが手軽に観戦できる国内唯一であり、トライアスリートの魅力を再認識させられる大会。」

Triathlon “ MONO ” Journalist Nobutaka Otsuka



宮古島のバイクカウントとなる。昨年1位復活となったサーヴェロが今年も200台オーバーで1位だった。
このカウントも11年目となったが、激動の10年だった。バイクメーカーによって注力度や考え方の特徴が表れ、選手はどんなバイクを選ぶべきなのか、また、価格高騰も現実的に大きな検討課題との声も聞こえてくる。購入については色々考えさせられたのではないだろうか。それだけに選手の選んだバイクが語っているものも見えてくる。
バイクの新規購入のタイミングは年3回程度の波があるだろう。やはり、シーズン皮切りの宮古島に向け、「新調」する傾向が大きい。次に宮古島で他の選手のバイクを見て感化され、遅ればせながら購入検討。そして、シーズン後半となる佐渡やアイアンマンに向け、検討に入る。そんな流れから見たときに注目が集まるのが宮古島で使用されたバイクということになるのだ。
今回チェックインされたバイクは1402台(不明、未確認などを除き1363台が有効数)。そのトップ5は、サーヴェロ、トレック、シーポ、スペシャライズドまでが4強、続いてキャニオンがランクインしている。この5ブランドで60%以上を占めていることは、完全な一極集中的な状態であり、トライアスロンバイクへの「参入」の難しさと言い換えることができる。
Counted by Triathlon GERONIMO
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単なる台数の意味はない。新型の使用率が重要となる。やはり新しいバイクでの人気がどうなっているかが、最大のチェックポイントと言える。ここでの「新型」の定義は「ディスクブレーキ」モデルで見ている。ただ、サーヴェロのP5Xのデリバリーは2017年、スペシャライズドのSHIVは2019年となり、新型というよりは「現世代」と言った方が良いかもしれない。
絶対台数の多いサーヴェロだが、現世代のバイクもダントツとなっている。ブランドイメージとともに、エイジ選手の実績が功を奏しているのだろう。また、キャニオンの新型率の高さは「人気急上昇」と言えるだろう。

トライアスロンバイク比率は過去最高の59.8%を記録している。この10年で約10%増えている。そのスピードが早いと言えるかどうかは別だが。一方で高齢化や競技への取り組み方など多様化の中で、必ずしもトライアスロンバイクにする必要はない。逆にトライアスロンバイクは難しいバイクであり、乗りこなすためには練習量やポジションの見直しなど、こまめな対応が本来必要となる。
非の打ち所がないサーヴェロだ。トライアスロンのサーヴェロが強調される結果となっている。それに次ぐシーポもトライアスロン専門ブランドとして、健闘している。そして、ここでもキャニオンの9割越えは今後の動きが気になる注目株という状況が見てとれる。

実際にどんなモデルが人気となっているのか、具体的に知りたいところだが、前提としなければいけないことは販売期間に差があるということだ。その上で見ていかなければいけないが、人はパッと見の印象が残るものだ。昔の話だが、ケストレルがIRONMANのオフィシャルだった頃、「赤の500sci」は多く感じたなどの話を聞いたことがある。
1位のShivは6年経過しているため台数が多いとも言えるのだが、「使われ続けるバイク」という見方もできる。現時点ではどのレース会場でもその存在感は大きく、色褪せず、7年目を感じさせない。そして、2位のSpeedconceptが特筆に値するだろう。販売期間から見ると多いということだ。実際にチェックイン時にもその多さを感じた。特にトレックはカラーオーダーのパイオニアでもあり、特徴的、かつ美しいカラーが目を引いている。

異形を確認してみた。合計で39台あり、その存在感は決して小さなイメージではなかった。特にシーポが目立っていた。そんな風に感じてはいるが、今後も増える傾向はないが、一定数の支持はあるだろう。
個々の性能差は別として、考え方は「エアロダイナミクス」に特化したバイクたちだ。「1本ないし2本パイプが足らないバイク」。トライアスロンバイクでヒルクライムレースには出ないだろう。同様に使用用途が「エアロダイナミクス最優先」のレースで本領発揮となるわけだ。選手の考え方はそれぞれであり、「マルチ性」を優先すればこれらにあらずというだけだ。
一世を風靡した26インチホイールも然り、現実的な生産レベルで見た時に難しいものもあるが、それが正解なのかどうか。今後もより速く、より乗りやすいバイクの追求はし続けるべきだ。つまり、メーカーのパッション次第と言えるだろう。

| 車種 | モデル | ブレーキ | 台数 |
| TA | P5 2025~ | DB | 8 |
| P 2025~ | 11 | ||
| P5 | 44 | ||
| P series | 50 | ||
| PXSeries | 5 | ||
| P3X | 6 | ||
| P5X | 2 | ||
| P5 | RB | 11 | |
| P3 | 29 | ||
| P2 | 16 | ||
| P3c | 5 | ||
| P2c | 7 | ||
| P1 | 1 | ||
| RD | S5 2023~ | DB | 2 |
| S5 | 4 | ||
| S3 | 2 | ||
| Soloist DB | 2 | ||
| S5 2014~ | RB | 3 | |
| S5 2011~ | 2 | ||
| S3 | 1 | ||
| S2 | 2 | ||
| R1 | 1 |

サーヴェロの中味はどうだったのか。やはりリムブレーキP3の後継に当たるミドルレンジのPseriesが幅広く使用されていた。今後は更に後継のPが増えていくことだろう。次にP5だが、KONAでも同様だが、強豪エイジに使用される傾向が強い。
一方、リムブレーキ世代は減っていくことになるが、サーヴェロの場合、旧モデルが根強く残る傾向がある。ほぼ同じ仕様となるP3とP2を合わせれば45台のシェアとなっていて、これも大きな存在。この2モデルの違いはフォークのみとなる。
そして、全体を見るとほぼ歴代のトライアスロンモデルが出揃っていた。伝説とも言える初代P3カーボンも現役で走っている。生産は終了したが、大きな話題で盛り上げてくれた「異形」のPX系も13台確認できた。
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毎回、このカウントをしていると思うことだが、ブランド数では76、モデル単体で見ればその何倍もの車種から選んでいることになる。「どうやって決めているのだろうか」自身で決定する場合も少なくないと思うが、行きつけのショップからの提案も大きいだろう。競技レベル、身体的特徴や制限、そして、予算などからの判断になる。トライアスロン以外でも使用する場合も加味しているかもしれない。いずれにしても余裕を持って相談することが大切だろう。
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「宮古に向けた機材の新調は、国内のトレンドに大きな影響を与える」

Triathlon “ MONO ” Journalist Nobutaka Otsuka