【Road to KONA 2015】アイアンマンレポート ~若山選手~

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2015 Ironman World Championshipレポート

トライアスロンをはじめて7年が経ちました。チームの大先輩の大西雅之さん、当時Y`sお茶の水店のBoss大塚さんはハワイが最高峰のレースであり全てだとおっしゃられていました。当時は私はハワイが何なのか?世界は完全に別次元?自分が目指せるものではなく、この人達はチームでも特別な存在だと思っていました。

本気でハワイを考えた始めたのは4年前。しかし恐れ多くてKONAを狙いますなど言えませんでした。それは、死ぬ気で努力している先輩方に失礼だし軽口を叩きたくないからでした。でも極寒の大井埠頭や竹原Swim合宿、雛鶴峠Bike練習、4時間皇居ランなどできる限り練習してきました。2013年のJapan。箸にも棒にも触れないエイジ17位。JapanのアワードでSlotを獲得した金山禎久さんから「Genハワイはいいぜ~」と言われ自然と涙が出てきました。これが本当の感情なんだと思いました。自分の感情に嘘をつきたくない一心で翌年のJapanでのSlot獲得を密かに考え始めました。
道場で金山さん、青木さん、大西さんより前に出て大井では必ず先頭を引く、秦さんのペダリングを盗み荒川では150K最後まで崩れない走りをする、Runは仙台さんの爆走に付いていく、竹原コーチにはswimの改善をお願いしたり、同世代の丸田君、峯野君とは若手が頑張ってチームを引っ張り、先輩の厳しい仕打ち(愛?)に耐えてました。笑
また、吹雪の苗場スキー場ではゲレンデを平井太郎さんと毎日25K走りこみ、一番のライバル?の兄貴とは何度も何度も兄弟合宿を行い2人で落車したり、暑さでぶっ倒れながら伊豆の山々を登りました。

【アイアンマン世界選手権出場権獲得】http://triathlon-geronimo.com/?p=445

1人ではけっして来れなかったKONA。精神力だけでは走りぬくことは出来ないのがKONA。
レース前はこの暑さと湿度でかならず潰れると考えていました。内臓も壊れ今まで経験したことのない過酷なレース。チームのみなさんに育てて頂いたように、今度は自分が世界を体現しチームに恩返しする番だと。大西雅之さんと大塚さんの言葉を大切にし、夢を現実にしていきと考えていました。

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[トライアスロン道場主/大西雅之さんの言葉から抜粋]
アイアンマン(ハワイ)を夢見るものが集い、切磋琢磨し、その中から1人でも多くの「ハワイ・フィニッシャー」を出すことが、道場主の願いであり、この道場の存在意義である。

こんな想いでレース当日を迎える事になった。

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【レース前】

3時起床。8時間寝られたので身体はスッキリしている、おにぎりを3つ食べて、コーヒを飲んでゆっくり身体を起こしながらストレッチング。疲れもなくコンディションもいい感じ。4時、コンドミニアムを出発して父親の車でピアに向かう。ピアにはすでに多くのアスリートが集まり両肩にナンバリングをしてもらう列が出来ていた。6時55分スタートなのでまだ時間に余裕があり選手控え場所でもう一度ゆっくりストレッチをし、観戦場所を押さえた両親、嫁、息子に応援をよろしく!と言ってピアに向かった。上空には中継のヘリコプター、撮影用のクレーン、水中カメラマン、インカムを持った撮影クルー。ピアには3,000人を超える関係者が観戦。トライアスロンの世界最大のイベントと言われているが、そこはまさにトライアスロンスタジアム。張りつめた重い空気を感じながら複雑に入り混じる感情を受け止めていた。恐怖と不安に押し潰されるかと思っていたが、自分としては比較的に気持ち的に落ち着いていた。

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(後から、斉藤千恵さんはガチガチな表情で相当緊張をしていたと指摘を受けましたが。。。)

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6時20分、大砲と共にプロ選手のスタート。その後、エイジグルーパー達が海に入りウォームアップを開始。

スタートの幅は300メートル位あり、もちろん内側から入るのが最短距離だが、屈強な男達との水中バトルを避けるためにもっとも距離が長く人が少ない外側からスタートする事に決めた。

剛腕で殴られたり、蹴られたりしたりしたらレースにならないので。

6時50分。バーン!!大砲の音でスタート。全力でダッシュするもなかなか外人選手を振り切れない。。。いつもだったら余裕で先頭に出ることが出来るのだか、まったく先に行ける感じもない。

それよりも身体のデカい外人選手がブロッキングをしてきたり、行きたいコースにぐっちゃり選手が入り混じり先に進む事すら難しい。もちろん美しい海を眺める余裕などなく右に左にとにかくスペースを探しながら蛇行しながら泳いでいた。1.5K泳ぐと少しだけ選手と選手の隙間にスペースが出来始め、いいペースで泳ぐ身体の大きな外人選手を捕まえ、そのすぐ後を付いていく。

その選手はインコースに入らず、コースの外側を泳ぐので2人だけで進む事が出来た。途中、自分が前に出たりするが無理に体力を使って1分、2分短縮しても仕方がないので温存Swimで進む事にした。

ピアが見え始めT1にようやく到着。ガーミンの時計を確認すると1時間が経過していた。。。げっ。。5分は遅いな。。今までで一番遅いタイムでSwim up。

ホースで身体に水をかけてT1に入ると、選手でごっちゃり。今までは先頭で着替えのテントに入るので好きな場所に座れ着替えも早くできる。

これもチャンピオンシップか。。。。Bikeジャージを着用し、アームカバーをし、顔にべったり日焼止めを塗りたくり、これから戦う長旅に向かった。

【Swim 3.8Km 1時間 カテゴリー18位】

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Bikeをピックし、ヘルメットとサングラスを付けてパラニロードへ。沿道には大観衆が両サイドから声援を。本当に気持ちよくペダルを回せた。

Bikeの作戦はとにかく脚を使わない。最初は固形の梅干しおにぎりで胃を持たせ、中盤からはジェルに切り替えとMag onジェルとマグネシウムパウダー。痙攣をしないようにエイドは必ず水2本を受け取り頭、背中、脚、腿回りをしっかり冷やす。Bikeでは600~800人の選手にパスされるのはわかっているので、とにかく自分のペースで我慢。Bikeで突っ込んだらかならずRunで倍の時間かかってしまうので、遅くてもRunに脚を残す事だけを考えQueen Kのハイウェイに入った。

外人選手はとにかく速い。デカいしパワーで推し進めていく。ハイウェイが一列。ずーと先まで選手が距離を保って進んでいる。

もちろん自分右側で我慢。ひたすら抜かれていく。45K過ぎたあたりから向かい風が激しく、折り返しの小さな街のHaviの手前からひたすら登りが続く。

強烈なKONA WINDが正面から吹き荒れ、スピードも20Kまで落ち込んだ。。。とにかくパワーでは脚を疲労させてしまうのでケイデンスを高く回す事だけを考え進んだ。

向かい風が強く下を向きつつ漕いでいたので、プロ選手とすれ違うのがわからなかった。多分去年の覇者のセバスチャンが4位辺りを走っており、この順位には驚いた。。

Haviの手前では更に風が強くなり、強いスコール。オーバーヒート気味の身体を冷やしてくれる雨は気持ちよかった。Haviの街を折り返し、ここでトイレにピットイン。すっきりして後半戦に挑んだ。。。

ここからは下り坂に追い風。大男達は巨体を生かし60K超えでぶっ飛ばしていくが、自分は踏まない、回す。とにかく丁寧に脚を使わない様に心掛けた。

120Kを通過。やはりupdownに向かい風。使っていないと思っていた内腿あたりが痙攣し始める。。。

135Kここから最後まで向かい風。長い登りが2本。前半から突っ込んだ外人選手達が苦しんでいて“彼らも人間なんだと感じ”少し安心した。

この辺りからエイジトップの女子選手にもガンガン抜かれ、心が折れそうになったが苦手なBikeはこれが実力と開き直り向かい風をキコキコ回す事でなんとか登りもクリア。

KONA AIRPORTを越え街まであと15K。沿道から“がんばれー!イケー!!”と親父と息子から声援が。。。かなり疲弊していたので、この応援にはかなり元気をもらえた。

エイジカテゴリーで180人に抜かれ、全体でも825人に抜かれた事になる。改めて、Bikeの弱さが露呈したが安全運転と余裕を持ったBike finishだったのでここは想定通り。

【Bike 180Km 5時間55分 カテゴリー199位】

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T2に入り選手がごっちゃり。着替えの椅子を探すのも難しい位にテントは混雑していた。

袖なしのYジャージに着替え、千恵さんからもらったガスター10と葛根湯を摂取。べったり日焼け止めを顔面と肩に塗って最後の42Kの始まり。

坂を登りAli Driveに入ると沿道から多くの日本人の方から声援を頂いた。日の丸を振って『Nice Run!頑張って!!』一言一言に頷きながらエールを返す。

最初の3Kは5分ちょっとで様子を見る。3K過ぎた辺りから4分45秒でペースアップ。しかし猛烈に暑い。夕方に入り容赦なく西日がジリジリと身体に照り付け、体力を消耗させていく。

そもそも、この灼熱の暑さで走ったレースは今までないので潰れる事だけは避けたかった。Runは頑張るつもりだったが暑さで潰れないために作戦を変更せざるを得なかった。

肘を引き、足の着地、体幹を整え美しいフォームを意識。エイドだけは歩いてOK。そして氷を股間にぶち込み、背中に入れてクールダウン。ペースは5分切りを諦め5分30秒にシフト。

とにかく苦しいけど、この作戦しかないのでひたすら前に進む。途中、日本人選手もみんな苦しい我慢の走りを強いられていた。

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17K。KONA SEA SIDEのホテル前では家族が待っていた。親父からは“時間使って最後までゆっくり。”並走しながらアドバイスを。息子からは“意外と速いじゃん。。。”ん~、まいいか。。。

一番助けてくれたのは山本淳一コーチ。

“源ちゃん、いいフォームだよ。少し前傾で行こう!!苦しかったら顎は上げてもいいよ”事前に苦しくなり崩れるRunでアドバイスをお願いしていたので本当に有難い限りだった。

Queen Kのハイウェイに出て、残り23K。エナジーラボまで行き折り返してくるOne way。沿道の応援もなくなりここからは自分との勝負。

シューズの着地の音と自分と他の選手の呼吸しか聞こえない。ハイウェイは溶岩に囲まれ、強い西日に照り付けられてひたすら消耗するだけ。まさにサバイバルレース。

気力とか頑張るとか精神論だけでは突破できない展開に。。。エイドステーションだけは歩き、ひたすら氷を股間に入れて冷却しRedbullとコーラを流し込む。

エイドが終わったらまた走るの繰り返し。Volunteerの方々の温かい言葉“You can do it!! Great job!”が唯一の救いだった。。

最後の折り返しのエナジーラボ、ここでチームメイトの石田力さんにPassされる。。やっぱりRunの強い石田さんに仕留められたかと思いながら、

なんとか快速ランナーの丸田君からは逃げられるようにペースをキープ。しかし腹が痛い。内臓は暑さで完全にヤラレ破壊されている感じ。もう今にも歩きそうでひ弱なヨチヨチ走り。

ネガティヴな事しか頭に浮かばないけど、前日に田嶋弓子さんに教えてもらった『最後は感謝の気持ちで行くしかないよ!今までサポートしてもらった皆への感謝の気持ちで進みな』と。

腹イテェな~。。。うぷっ。胃液とジェルが混じった変な液体が口から飛び出す。。あと15K….最後は有難う作戦で。。

エイドでも必ず“Thank you!”とVolunteerに言葉を返し、頭の中は“有難う、有難う”この繰り返し。ジェルとコーラとRedbullの混じった奇妙な液体が何度も口から飛び出すがもう我慢。

夕暮れの中からやっと街が見えてきた。ハイウェイを右に入りあと3K。パラニロードからは沿道に人が溢れ、お帰り!!あともう少し!!Great Run!You are the Men!と鼓舞してくれる。

KONA SEA SIDEのホテル前では息子達が待っていてくれて並走“パパあとゴールまで少し。頑張れ!もっと疲れて走れないかと思ったけれど速いね。”

もう返す言葉もなく“ラストね!行くよ!Goalで待ていてね!!”といって別れた。

最後の花道、自然と涙がこみ上げてきた。4年間、夢見て続けてきた世界のGoalがもう目の前。

Ironman World ChampionshipのGoalゲートが煌々と近づいて歓声が鳴りやまない、スローモーションに身を置いているようだった。

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“Genjiro Wakayama From Japan!! You are an Ironman!!”

あ。。。これで長い長い戦いが終わった。疲労でもう歩けずボランティアの方に支えて頂きながらそのまま医務室につれていかれた。

これまで積み上げてきたものは間違っていなかったと思う。

チームメイト、家族、友人、会社のサポートがあったからこの舞台にこれたんだと。

初めての世界選手権。苦しかったけれど得られたものは大きかったと思う。

世界の舞台で戦えた事は誇りに思うし、この経験を次に生かしていきたいと思う。

本当に多大なる応援とサポート有難うございました。

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【Run 42.2Km 4時間3分 カテゴリー192位/309人中】

全体順位913位

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「 アイアンマンの第一章が終わった。」

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Triathlon “ MONO ” Journalist     Nobutaka Otsuka