第44回 全日本トライアスロン皆生大会 Triathlon GERONIMO Official Member Report(田中選手)

皆生で得たものとは

〜 原点皆生での学びと感動の参戦記 〜

田中良次

 

トライアスロンに挑戦を始めて30数年。 宮古島、佐渡、五島、北海道と主要なロングディスタンスレースに出場・完走を果たしているものの、 日本トライアスロン発祥の地、皆生にはチャレンジできていなかったため、一度は出てみたいと機会を 伺っていたところ、CLUBでトレーニングを共にする 仲間から2026年大会に一緒に行かないか?とお誘いを頂き一念発起、初挑戦を決めました。

例年、佐渡をメインレースに据えており、皆生と佐渡の連戦は自分の体力では厳しいのではと躊躇して いましたが、やってみてもないことを理由に新たな挑戦を避けていては、歳を重ねる毎に何かが先細っていくような気がしたため、昨年の早い段階で出場を決意し、長期戦で準備に取り組むことにしました。

昨秋から主にバイクポジション見直しによる体幹強化と長距離走の頻度を上げてのランニング補強に取組み、 今シーズン初戦の宮古島を満足感・納得感をもって気持ちよく完走。その後も順調にトレーニングを重ね、 いよいよ皆生初挑戦の日を迎えることができました。

熱き、ミスター八尾のノーバトル宣言
潮流はあるが波は立っていない

スイム会場に近い宿にお世話になれたので余裕をもって準備ができ、リラックス状態でチェックイン、 スタート前、「ノーバトル宣言」の周囲の選手との握手は更に緊張感をほぐしてくれて良かったです。

午前7時の号砲で中盤あたりの位置取りでゆっくり入水、透明感があり潮の流れも気にならず、また、 バトルに見舞われることも無く往路を落ち着いて泳ぎ進めていけましたが、1000mを超えた辺りから 潮流がきつくなり、折り返しまで何とかもがいて一旦上陸、逆に復路はその潮流のおかげで倍速で進むかの ように気持ちよく帰り着くことができました。

序盤の目標、大山をクリア

トランジションで先を行くチームメイトとエールを交わしバイクパートに突入。今シーズンの新たな挑戦に 向けてバイクを新調、ポジション改善等も相まって好調感がありつつも、CLUB内で認識共有が 図られているリスクイメージを思い起こし、緊張感と集中力を切らさないことを念頭に置いていざスタート。

交通規制がなされていないものの、選手の安全確保のために多くのマーシャルやボランティアスタッフが 配置され誘導してもらえるのは長い歴史から蓄積されたノウハウの賜物で、細い道や急カーブも多いコース ですが、安心して走ることができました。懸念していた暑さもあまり気にならず順調に大山をクリア、後半 の起伏に富んだ(キツイ)コースに挑もうという段階で後輪に違和感発生。。。

新調したばかりのホイールのためバルブの緩みで空気圧が下がった程度かと思い、空気を補充してコース復帰するも、しばらくすると 再度減圧。よくよく確認すると釘か何かを踏んでいたようでシーラントが漏れ出しており、がっつりと パンクしていることが発覚。。。その場で途方に暮れそうになりましたが、とにかくエイドステーションを 目指そうと歩いていると近場にいたボランティアの方がサポートカーに連絡を取ってくれ、間もなくメカニックスタッフの方が到着、速やかにホイールを交換してくれたおかげで競技続行が叶いました。

選手を想う大会の 配慮と手厚いサポートに感謝、感激です。小一時間のタイムロスになってしまったものの、慌てても仕方がない と腹を括りマイペースで後半コースを進めていきましたが、果てしないアップダウンの連続と酷暑でのあまりの 辛さに「パンクを理由に収容されていた方が良かったかも」と頭によぎっってしまったことはお許し下さい。そんなこんなでどうにかトランジションにたどり着けたのは関門15時半の2分前、ギリギリの滑り込みとなりました。ホントにボランティアスタッフやサポートカーのお陰です!

同伴ゴールが最後まで許されている大会は原点そのもの

ランが苦手な私でも35Kmを残り6時間あれば少し余裕はあるかな?と思いながら走り始めてみると、バイク 終盤の追込みで乳酸が蓄積していたようで全然動きが悪く、ここにきて熱中症の初期症状的な感じもあって、すぐに歩き出してしまいました。気は焦るものの、ここで無理をすると終わってしまうと思い、しばらくは 身体を冷やしながら早歩きで様子を見る作戦に変更。

ガーミンでペース確認すると、そのまま全部早歩きで 行ってもギリギリ間に合う計算になったので、熱中症予防に集中しながら歩を進めていくと、海岸線に出た辺りから徐々に調子が回復。日が落ち始めて気温も下がってきたこともあって、次第にペースを上げること ができ、折り返し以降は安定したペースで戻ってこられました。

残り数キロ、暗い川沿いのコースを進む中 でも、ボランティアや応援の方々から満面の笑みで声をかけてもらい、ゴール目前でテンションMAX! 最後の花道である競技場を回ったところで先にゴールしていたチームメイトが駆け寄ってきてくれ、皆で 手をつないで最高の笑顔でゲートをくぐることができました。

「日本のトライアスロンは1981年(昭和56年)に、ここ皆生温泉で産声を上げました。」と

失礼ながら皆生はマナーやルールに厳格で少々堅苦しい雰囲気の大会なのかな?と手前勝手なイメージが あったのですが、実際に参加してみてそんなイメージは反転、選手の安全とサポートに最大限配慮しながら地域密着のサステナブルな一大イベントとなるように取組まれている素晴らしい大会であることを実感することができました。

これからも安全で長くトライアスロンライフを楽しみたいホビーアスリートとして、 本大会の運営方針やホスピタリティをベンチマークとしながら、他のレース参戦時や日頃の練習会等で 活かしていきたいと思います。

大会関係者のみなさま、CLUB GERONIMOメンバーのみなさま、日頃トレーニングを ともにしている仲間に改めて感謝します。近い将来、また皆生に再度チャレンジする機会を設けられるように 自己研鑽に励みたいと思います。

 

 

 

「本メディア用に参加者目線でレポートをお願いしました。発祥皆生は “ 原点 ” そのものですね」

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Triathlon “ MONO ” Journalist     Nobutaka Otsuka