Team GERONIMO for SADO 2017 参戦記(Bタイプ 工藤選手)

初のミドルディスタンスでありまた地方大会へも初参加となる佐渡国際トライアスロンBタイプについてレポート致します。

普段は関東一円の大会に一人で参加することが多かったのですが、バックボーンも、ポテンシャルも異なる大勢の仲間と連泊しての今回のレースは、新鮮で刺激の多いものでした。天候にも恵まれ、レース前日に見た真野湾に映える夕焼けの美しさは、忘れることが出来ません。

レース当日は、早めに就寝しましたが眠りが浅く何度も目が覚め、目覚ましが鳴る前には起床しました。同室の仲間4名でバイクセッティング、ボディマーキングに向いました。トランジションからボディマーキング会場に向うと既に、マーキングを終えた同じBタイプの仲間と行き交い軽くハイタッチを交わし、気持ちも高ぶって来ました。

(スイム)
集団前方左よりに位置取り、スタートホーンを待ちました。スタート直後は、ややペースが速く、呼吸が荒くなって来ました。前半は終始両サイドとバトルとなり、また前方の激しキックによる泡立ちから視界不良となり堪らず、外側にコースを変更、折り返しの第一ブイを早くも見失い、止っては位置確認を繰り返していました。第一ブイから第二ブイまでは、安定して泳げたものの第二ブイから岸までは、再び目標を見失い蛇行を繰り返し、コースロープに何度も絡る始末。途中ドラフティングを決め込むも前方泳者もどうやらコースをそれていることに気が付き、コース修正を行い、何とか岸に辿り付来ました。

スイムアップ時、後にスタートした筈の仲間の姿を前方に確認し、少々焦りました。記録では、2300を泳いでいました。シャワーを浴びながら、ウェットを脱ぐのに手こずり時間ロス、しかし焦りは禁物と、T1では、しっかりと水分補給とエナジージェルを摂取しました。

(バイク)
スタートから、両津へ向かうまでハイペースとなり10数人の集団で、隊列を組んで走行していました。隊列の後方に位置していましたが、審判経験からドラフティングが気になり、前方車両との車間距離をしきりに気にしました。程なくすると左側に沼らしきものが見え、やがって海岸へと出てきました。この時点で、まあまあいいペースで来ているとなとの実感がありました。脚もよく回っており、日頃のスピニングの成果を感じながらのライディングでした。

暫くすると、左のDHバーの位置が下がっていることに気が付きました。試しにバーを引き上げて見ると、クッとバーが上がるのです。どうやら、バーのネジが緩んでいる様です。この時点では、まだそこそこの固さを保持していましたが、この先振動によりさらに緩むのは目に見えていました。しかも、多田のエイドの手前の下り坂で、道路の継ぎ目の段差の振動によりボトルーゲージにセットしていた携帯工具が飛び出してしまい、道路に落としてしまうという失態を犯してしまいました。

前日のバイク試走で、仲間の一人にそのゲージの工具は、落とす可能性が高いとアドバイスを受けていたにも関わらずです。後続のバイクの邪魔にならぬようバイクを停止し、落とした工具を探しに坂を上って行きました。幸い、数十メール進んだ道路の真ん中に工具を発見することが出来ました。

工具を取りに向かっていると、こともあろうか観客の一人が、その工具を親切にも拾おうと道路に出てくるではありませんか。坂の上からは、高速巡行中のバイクが数珠繋ぎで向かってきていました。バイクの選手が大声で「危ない、出るな。出るな」と叫んでいます。私も、大声で「道路に出ないで」と叫びましたが、その観客は道路に出て工具を拾い間一髪で、反対側の歩道に駆け込みました。拾ってくれたのは、ご年配の女性でした。感謝を述べるとともに、二度とこの様なことはしない様お願いをし、レースに戻りました。

暫く、行くとDHバーが完全に下向きに落ちてしまいました。停止してネジを絞め直しましたが、しばらく行くとまた緩むを繰り返すため、左のバーは外し、背中に刺して持って行くことにしました。

アクシデントで時間を多少使ってしまいましたが、ぺダリングの調子はすこぶる良く、使った時間を取り戻すべく、軽快に漕ぎ続けました。この時点ではこの調子なら、6時間台後半でゴールできるかも知れないとの淡い期待も若干ありました。

そうこうするうちに、あっという間に噂の小木坂が唐突に現れました。確かに、大島の坂に比べると小粒な印象でしたが、登り口から急登で閉口しました。また、雨も降り出し、すこしずつ強くなって来ていました。ここは、じっとがまんで軽いギアのペダリングを心がけ、どうにか上り切りました。

雨で湿る道路を登り下りするうちに、前日試走を行った魚道場が見えて来ました。ここまでくると、ゴールまでもう少し。ゴールまでは、向い風が若干あり、エネルギー不足を感じながらの苦しいライドとなりました。当初、予定していた補給食も走り
に熱中するあまり半分ほどしか消費していないことに気が付きましたが、後ほどランになると、響いてくるのでした。

(ラン)
走り出しは、足が重いものの順調でしたが八幡を過ぎたあたりからエネルギー切れを感じました。また、金丸エイドを超えた一つ目の折り返しあたりからは、方向感覚がなく自分がどこを走っているのかが分らなくなり終始不安でした。コースを間違えていやしないか不安でしたが、途中、同じBタイプの仲間とすれ違い、間違いではないことを確認し安心しました。

バイク後半で脚を使ったためか、とうとう痙攣が至る所で起き出して来ました。途中の登り坂では、我慢できず歩いてしまいました。時間の経過とともに痙攣箇所も、当初は腿前方が、腿後方に移り、ゴール間際には腿付け根辺りが痙攣していました。

途中、Aタイプのラン走者に声を掛けられ、少々焦りながらも黙々とゴールを目指しました。国府川を越えても、ゴールまでの道のりは長く感じました。ようやく、ゴール前の商店街が見えて来ました。足取りも早くなり、ゴール前に数名追い抜くことが出来ました。そしてようやく初ミドルのゴールを果たす事が出来ました。

初のミドルはレース展開や、補給、Bike整備など反省点の多いレースとなりましたが、次なるステップに向け、良い経験となりました。

そして、来年もまた来たいと思いました。

 

工藤 哉

 

 

「工藤さん、初ミドル完走おめでとうございます!」

BOSS-N1-S
Triathlon “ MONO ” Journalist     Nobutaka Otsuka