皆生流

7/16(日)鳥取県米子市他で「第37回全日本トライアスロン皆生大会」(皆生トライアスロン協会など主催、スポーツ振興くじ助成事業)が開催された。

皆生大会は、国内トライアスロンの発祥の大会であり、日本トライアスロンの原点でもある。皆生温泉開発60周年記念事業のイベントとして、その年だけの開催を予定していたが、大反響となり、2回、3回と繋がり、今年で37回目となったのだ。もちろん、簡単の道程ではなかった。試行錯誤を繰り返しながら開催され、53名で始まった大会は、現在1000名となった。大会は常に選手のために、選手は大会のために、そして、それを支える地元の人々、ボランティアがいた。

 

 

 

 

皆生大会の特徴のひとつとして、選考方法が挙げられる。現在、選考方法は、先着順、抽選、書類選考となるが、皆生は書類選考となる。選考は、選手の安全を考え、他の大会の成績、練習量、もちろん、皆生大会での成績、出場回数、そして、都道府県比率、年代別など、様々な観点から、良い意味で厳しく公平に選考する。逆に出場できること自体「スタイタス」と考えるべきだろう。ロングは極めて過酷な種目だ。そのための絶対はないが、少なくともオリンピックディスタンス完走レベルでは、「完走できる」という説得力は弱い。

国内では4つのロングが開催されているが、皆生以外は全て「島」で開催されていて、皆生だけが「本州開催」となる。そのため、特に交通規制が厳しい。というのか、交通規制がない。バイクは、トップ通過後1時間まで、信号、交差点が規制されているが、その後はランも含め、すべて交通法規順守だ。単純に言えば、「賛否」はある。ジェットコースターバイクの勢いが活かせない、灼熱ランのペースが乱れる。ただ、37回続いている大会なのだ。大会はコースだけで決まるわけではない。大会スタッフ、選手、4400人に増えたボランティア、そして地元の人々が作る「優しい大会」が魅力であり、そこに赤信号は関係ないのだ。5回、6回出ているという選手の声を聞く、リピート率の高い大会なのだ。年に一度、この大会しか出ていないという選手もいた。

さて、大会当日は、天候に恵まれた。海はベタナギ、曇りがちで風も弱い。大山に雲がかかって見えない。例年に比べ楽な展開で始まった。スイムスタート時には、八尾彰一さん(チームブレイブ監督)が、「バトルのない優しいスタートを」と選手に向けエールと安心感を送っている。選手は、フローティングスタートとなるため、海の中へ入っていく。そして、スタートを待つ。

7時スイムがスタートした。長い一日が始まった。タフなバイクコースと太陽と戦う14時間30分だ。波は穏やかだ。(翌日は、流れが強く、うねっていた。白波も立ち、レース当日ではなくて良かったと思う。)スイムトップはリレーの選手で、個人も含め唯一ダントツの40分切り(38:20)だった。海から上がり一度、観客の前でも大きくガッツポーズで雄叫びを上げながらのスイムゴールだった。

続々と選手がスイムアップしてくる。いよいよ皆生の醍醐味であるバイクがスタートする。皆生では、バイクトランジットの前にすぐにエイドステーションがある。飲み物の他に食べ物も用意されている。最初から食べている人も少なくない。スイムアップ後心拍も上がり、苦しく、落ち着かないタイミングだが、ボランティアの声援と機敏な対応に選手も背中を押してもらえる。「行ってきます!」としっかりボアンティアに挨拶している選手もいる。バイクスタート時というか、スタート前のエイドステーションから「熱い」皆生だった。

最初の目標は、皆生の象徴となる大山だ。晴れれば美しい稜線を見せるのだが、雲がかかっている。大山は冬場になるとスキーも楽しめる。海と山が楽しめるロケーションということだ。さて、皆生温泉をスタートしてしばらくはフラットコースとなる。途中、車道から河川敷のサイクリングロードを走ったり、道路横断のための「地下道」をバイクから降り、押して渡るところもあるが、これも皆生。最初のフラットが終わると後は、アップダウンのみだ。

バイク30km地点では、コースを横断するために、バイクを一旦降りて、地下道の階段を下り、そして、反対側に出るという皆生ならではの変則コースがある。ちょっと「障害物競走」のようにいろいろ楽しめるのが皆生だ。

フラットが終わると次の目標は「大山」となる。皆生のコースは、大山の裾野が広がっているため、山の上の方でなくても上り基調のアップダウンが続くコースとなっている。大山を目指し、選手たちが上ってくる。その選手のバイクフォームは様々で、DHポジションで軽やかに上る人もいれば、シッティングからダンシングまで、その光景は、ベテランが多いロングのレースとしては、やや違和感を感じた。このコースは、「コース慣れ」している選手が極めて有利となる。地元の選手は、実際に練習コースとして普段から走っているためコースが頭に入っている。先の見えない下りのコーナーなど、初めて走る選手は、その踏込みにも限界があるが、コースを熟知している選手の走りは全く違う。大山からの下りを見ていても恐らく速度にして10km程度は違うのではないかと思わせる瞬間があった。ドロップの下ハンを持ち、反対車線寄りのアウトコースを思い切り踏込んでいる。「マイコース」と言わんばかりの勢いで走っている。

 

60km地点の「植田正治写真美術館」の前にエイドステーションが設置されている。ボランティアは全力で押してくれる。ボランティアの女子高生が、「コーラ!」と叫んでいる。頭から水をかけてくれるボランティアがいる。スイカも美味しそうだ。

休憩していた選手に聞いた。「今年は曇っていて去年より楽だね。」と笑って応えてくれた。後から聞いた話だが、始めから例年のように晴れていたら完走率が下がったのではないかとのこと。しかし、この後、大山もその姿を徐々に現し始め、容赦ない陽射しと高い湿度が選手を徹底的に痛めつけることになる。

エイドステーションのある折り返し100km地点までは、道幅が狭いアップダウンが続く。直線のアップダウンでは勢いを活かせるのだが、下りのコーナーでは、Rもその先の状況も見えない。したがって下りの勢いが活かせないのだ。このバイクコースを攻略するためには、コースを覚え、下りの勢いをどこまで活かせるかにあると言っても良いだろう。

皆生のバイクコースは、タフなコースとして有名だ。「ジェットコースター」と例えられ、アップダウン、テクニカルなコースが続き、猛者も唸らせる。「宮古島、佐渡と比べ、距離は短いですが、一番きついですね。」と選手が口々に言う。地元では、圧倒的にロードバイクの使用だと言う。トライアスロンバイクは逆に珍しがられるとのことだ。ただ、何人かの選手に聞いてみると決してDHポジション比率は少なくない。逆にDHポジションを70%以上取れるという選手もいた。実際コースを全て下見したが、フラット、下りでDHポジションで走行できる比率は少なくないのだ。

ランは、正に「サバイバル」だ。ランの頃には、完全に晴れ、日陰の無いコースを走り続けるのだ。途中の信号ストップもペースが乱れる。選手の表情は険しい表情となり、灼熱の太陽と、サウナのような湿度と戦っている。ランコース11km地点で3時間ほど見ていたが、「壮絶」と言っても過言ではないだろう。「頑張って!」と声をかける、返ってきたのは、「無理です!」と。思わず笑ってしまったが、正直な気持ちだろう。選手の話を聞いていると「30kmの見えない関門」があるようだ。通過時間にもよるが、ラン前半はほとんど日陰の無い苦しいコースだ。前半で圧倒的に体力を奪われる。ゴールの前にもう一つのゴール、30km地点にどんな状態でたどり着くかによって、その後が決まる。30kmを超えた選手の表情は厳しいが、同時に無事にその「関門」をクリアし、あらためて気を引き締めているかのように見えた。

女性選手が走って来たのだが、通過後振り返ると薄いサンダルを履いていた。ん?何だろう。ゴール後に話を聞いたのだが、9km地点までは、裸足で走っていたそうだ。実は普段のレース、ウルトラマラソンなども裸足で走っているという強者だった。その女性選手曰く「暑くて、途中からサンダルを履きました。」と言っていた。恐らく無理をすれば、足の裏の皮が剥け、完走はできなかったのではないだろうか。あの暑さの上に、裸足と聞いて、驚かされるばかりだった。今回初参加とのことだったが、きっと「皆生の名物選手」になるのではないかと思う。

長い一日が終わる。国内屈指のハードなバイクコース、サバイバルランなど国内最高レベルの難コースだ。完走は簡単ではない。トップアマ、ベテランでもその約束はない。「完走者すべてが勝者である」とは、まさにこんなレースのことを言うのだろう。だからこそチャレンジする意味がある。そんな大きな意味と国内発祥というプライドが、大会、地元、選手を動かしている。

ゴールでは「同伴ゴール」が許されている。ロングの名物だが、ゴールゲートまでは許可されていない大会もある。皆生は、家族と、仲間と、一緒にゴールをしている。皆生のホットな一面だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

皆生はベテランでも十分なトレーニングを積まなければ完走出来ない。37年前、第1回大会に出場した選手と同じ気持ちで臨む大会だ。37年の時を超え、国内発祥の大会の緊張感は今も色褪せない。

実は、スイムでは、皆生のレジェンド「小原夫妻」が一緒に泳いでいる。目的は、「ノーウェットスイム」のトライアルだ。皆生の夏は暑い。ウェットは選手を守るものだが、気温、水温によっては「逆効果」になる可能性がある。選手にとって何が良いのだろうか、絶えず選手のことを考え続けている。

原点の大会は今でも「進化」している。「面白い」と思った。

熱く、暑い、皆生は、皆生のやり方がある。

 

 

 

 

今年のスローガンは、『名峰大山に抱かれた優しさの聖地 誇りと感謝を込めたチャレンジの日』だった。大山開山1300年祭のプレ年で、「大山さんのおかげ」という古くから伝わるフレーズは、皆生トライアスロンにも当てはまるということだそうだ。そして、オフィシャルリザルトの表紙には、「EVERYTHING HAS STARTED FROM HERE」と書かれていた。

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「すべては皆生から始まったのだ。」

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Triathlon “ MONO ” Journalist     Nobutaka Otsuka