KAIKE 2018

BIKE ” GERONIMO ” Count

鉄人レース

Triathlon GERONIMO レポーター ~安藤選手皆生参戦記~

Triathlon GERONIMO レポーター ~生井選手皆生参戦記~

Triathlon GERONIMO レポーター ~小林選手皆生参戦記~

【GERONIMO COUNT】第38回全日本トライアスロン皆生大会

【全日本トライアスロン皆生大会】 BIKE ” GERONIMO ” Count

7/15(日)開催の全日本トライアスロン皆生大会に使用されるバイクの分析を行った。使用台数、トライアスロンバイク比率などを調査している。昨年に引き続きTriathlon GERONIMO オリジナルのバイクカウント「GERONIMO COUNT」として、昨年からの推移も気になるところだ。皆生流のバイクはどのように変化したのだろうか。

【バイク使用率】

昨年に引き続きカウントを行ったが、未確認率を1.0%以下に抑えることができた。全バイク89ブランド952台から見るバイク使用率は、以下の通りだった。

順位 ブランド 使用台数 使用率
1 ceepo 105 11.0%
2 TREK 100 10.5%
3 SPECIALIZED 92 9.7%
4 cervelo 64 6.7%
5 GIANT(Liv) 55 5.8%
6 ANCHOR(BS) 44 4.6%
7 KUOTA 41 4.3%
8 FELT 39 4.1%
9 PINARELLO 34 3.6%
10 cannondale 26 2.7%
その他 333 35.0%
不明 10 1.1%
未確認 9 0.9%
89 合計 952 100.0%

※対象は、最終出走952組となる。

Counted by Triathlon GERONIMO

今回の傾向は、大きく分かり易い結果となっている。それは、シーポの大躍進だろう。32台増やし、昨年比143.8%となっていた。2位トレック、3位スペシャライズドの3ブランドは昨年と同じトップ3だ。地域性もあるのか、コナNo.1のサーヴェロは、ほぼ横ばいで、大人しく4位となっている。2018年では、シーポが大きく動きを見せていた。4月の宮古島大会でもサーヴェロに2台差の2位で昨年より21台も増やしていた。シーポは、新型「Shadow-R」などの革新的なモデルのリリースをするなど、今年のコナに向け、加速している。一方ビッグブランドであるトレックやスペシャライズドは、新型が待ち望まれている状況だけに2019年での巻き返しに期待がかかる。サーヴェロは、「こだわり」のモデルのみを造る開発力のあるブランドだけに、不動の地位は変わらない。また、トレンドとなりつつある「異形」に対しても、まだまだこれからプロジェクトが用意されているようだ。その他のブランドでは、ジャイアントが昨年比122%で5位につけている。アンカー、クウォータ、ピナレロなどはやはり国内特有の結果となる。そして、10位となっているキャノンデールは、低迷しているが、新型ディスクトライアスロンの「SUPER SLICE」の国内受注も始まり、2019年に期待したいところだ。

後述にも出てくるが、トップ10ブランドが全体に占める率は昨年より高まっている。59.7%から61.0%へと集中傾向が見て取れる。この数値は、ハワイアイアンマンでは、75%を超え、宮古島では68%となっているので、皆生大会での、その傾向は高いとは言えないが、一つの動きとして捉えることができる。皆生は、ロングとしては、トライアスロンバイク比率が低いため、ブランドが分散傾向となり、ハワイや宮古島とは、異なる傾向を見せているのだろう。

【トライアスロンバイク vs ロードバイク】

皆生大会のバイクは140kmで、ロングとしては、短めの設定となっているが、アップダウンが厳しいコースとして知られている。そのコースでトライアスロンバイクとロードバイクの使用率は最も気になるところだ。噂で聞いていた通り、ロードバイクが多く、昨年のカウントでは、66.6%の選手が使用していた。そして、今年の結果は下記の通りだった。トライアスロンバイクが、0.1%伸ばした、昨年とほぼ同様の結果となった。

使用台数 Triathlon 比率 Road 比率
943 331 36.0% 612 66.5%

※対象は、未確認9台を除く943台となる。

Counted by Triathlon GERONIMO

ここで注目したのは、先述の「トップ10比」だった。全体では、昨年とほぼ変わらない結果となっていたが、トップ10ブランドへの集中傾向が見られる中、トライアスロンバイク比率も変化が出ていた。結果は下記の通りだった。

年度 使用台数 Triathlon 比率 Road 比率
2017年 587 228 38.8% 359 61.2%
2018年 600 258 43.0% 342 57.0%

Counted by Triathlon GERONIMO

全体では伸びの無かった「トライアスロンバイク」だったが、トップ10の中では大きく、その比率を伸ばしていたのだ。良き大会は変わらないが、バイク機材に対しては進化している。エアロダイナミクス、フューエル&ストレージ、ユーザビリティ、軽量性など、競技にとってプラスとなるポイントは大きい。トライアスロンは「機材スポーツ」ではないため、厳しい制約がない。そのため、より高性能なバイクを使用することでのアドバンテージは大きく期待できるのだ。

【第2次異形バイクのトレンドは?】

昨年は、皆無だったが、今年は確認できた。先述の通り、全体的にトライアスロンバイクが増える中での動きだ。絶対数は少ないが、今後も増えるだろう。

①DIMOND 0→3

②cervelo P5X 0→1

③VENTUM 0台

【最後に】

昨年も書いたが、皆生大会は、今後も「トライアスロンバイク化」が進むだろう。理由としては、書類選考により競技レベルの高い大会だからだ。トライアスロンバイクは、トレーニングを積むことによって、得られる「フォーム」で乗りこなすバイクだ。宮古島では、エイジとバイク車種の関係を調査したが、正確には、年齢ではなく、「どの程度トレーニングを積んでいるか」「バイクに乗っているか」だろう。賛否あると思うが、皆生のコースでは、トレーニングを積んだ選手なら、トライアスロンバイクのメリットを感じているはずだ。

トライアスロンバイクは、トレーニングが難しい。DHポジションで安全に走行できるところが少ないからだ。良く聞く話だが、「レースはトライアスロンバイク、トレーニングはロードバイク」と。これでは、実戦的ではなく、速く走ることはできない。トライアスロンバイクはハンドル高も低く、前輪加重傾向であり、上り坂では「使いづらい」。では、どうするのか。その「使いづらさ」に慣れるしかないのだ。フラットでは圧倒的にメリットがあることは分かっている。そのメリットのために克服しなければならない。

 

今回の皆生取材関連記事:KAIKE 2018

 

BOSS-N1-STriathlon “ MONO ” Journalist   Nobutaka Otsuka

鉄人レース

7/15(日)鳥取県米子市他で「第38回全日本トライアスロン皆生大会」(皆生トライアスロン協会など主催、スポーツ振興くじ助成事業)が開催された。

国内で4大会開催されているロングタイプでも最も歴史があり、国内発祥の大会がこの皆生だ。スイム3km、バイク140km、ラン42.195kmのレース距離となっている。一般的に言うロングとしては、バイクが少し短いが、後述の通り、それで「十分」という距離なのだ。ロングのトライアスロンは、その土地を活かし、距離は大会独自となっていることが多いが、それも醍醐味だ。また、皆生の場合、時期的に猛暑であったり、梅雨が明けていない場合は、雨であったりと「激しい」気性の大会だ。その激しさに立ち向かう選手は、やはり、安全を考慮し、厳しい「書類選考」によって決定される。当然のことでもある。今や、トライアスロン人気も「第2次」として、高くなっているが、やっていることは、極めて過酷なことだ。選手の安全を考えると必要なことなのだ。

例えば、常に選手にとって何が良いのか、を考える皆生大会。昨年の取材時に聞いたウェットの着用について、ついに今年は、「自由化」としたのだ。昨年水温28℃の中、小原選手夫妻によるノーウェットスイムのトライアルも経て、今年は、選手の選択式にしたのだ。もちろん、ウェットスーツの優位性、安全性は誰もが理解している。ただ、水温が高い場合は、その限りではなくなる可能性がある。サウナスーツ状態となるウェットにより脱水も考えられるからだ。より良くするために柔軟な対応を行うのが、「皆生流」なのだ。ノーウェットの選手は、専用のスイムキャップを被って出場する。

皆生は交通規制がない。正確にはバイクの途中まで。ランは、すべて信号を厳守し競技を行う。競技として賛否あるだろう。ただ、それが皆生なのだ。現在、唯一の本州開催となる皆生のコース確保は、簡単ではない。地元の生活もあれば、相互の安全性も守らなければいけない。38回続いている伝統を守るためには、全てを成り立たせるのは無理。そんな中で続けている原動力は何だろうか。それは、「国内発祥」という誇りなのではないか。ただ、地元の人々は、それに奢ることなく、「よく来たね~」と優しく迎えてくれるそんな暖かい県民性を感じさせてくれる。その地元から自然体で守って来た結果が38回となったのだ。

当日は、快晴、風もなく、絶好のコンディションで始まった。海も落ち着いている。まずは、バイクのチェックインから始まる。皆生は当日預託となる。予定では、朝5:30からとなっているが、実際は5時前から続々と選手が集まってくる。まず感じるのは、「挨拶」が飛び交っていることだ。厳しいコースのレースが始まるとは思えないゆったりとした空気が流れている。同じく古い大会で、90年代琵琶湖のアイアンマンでは、朝、彦根プリンスのバイクトランジットで静寂な中にタイヤの空気を入れる音だけが聞こえる張り詰めた緊張感を思い出した。あまりにも真逆だったから。

バイクを預け、チェックイン、ナンバリングし、いよいよスタートなる。さすがに海を目の前にすると緊張感も感じる。皆生は海からスタートするフローティングスタートとなるが、マイペースでできるよう、コナのように小さな浜からスタートする選手もいる。スタート地点には、やぐらが組まれ、チームBRAVEの八尾監督がスタート前の選手に声をかける。「バトルのないスイムを!」と。

スイムは、皆生温泉海岸を泳ぐ。一旦沖に出て、左側の岸沿いに泳ぎ一度、上陸し、再度戻って来る3kmのコースだ。昨年はリレー選手がトップだったが、今年もリレー選手だった。アイアンマンや佐渡よりは、短い3kmは、待つ感覚も短く、続々と選手がスイムアップしてくる。国内では、ほとんどなくなった厳しい「書類選考」の大会だけにレベルは高いため、スイムアップ後も選手の動きは安定感を感じる。

バイクトランジット出てすぐ、エイドが用意されている。飲み物、食べ物とともに「応援」のボランティアに後押しされバイクスタートするのだ。このあたりも皆生のホットなシーンだ。このボランティア数が常に話題となる。約4400名のボランティアがサポートしてくれている。ただ、ボランティアに話を聞くと、「多い」という認識はなかった。「他の大会知らないからね~」と。このあたりも地元密着型の大会であり、皆生の良さの一つとなっている。

バイクは、大山とその山麓のアップダウンコースだ。このバイクコースこそが、皆生の象徴であり、ハードなコースで有名となっている。トライアスロンとしては、その後のランもあり、タイムや着順なども気になる。バイクも早いところ、クリアしたい。正直なところだが、このコースを走っている瞬間が「皆生」そのものであり、鉄人レースと言える由縁だ。テクニカルとアップダウンが続くため、地元や近隣の選手、そして、リピーターは有利だ。特に下りの勢いを活かすことがテクニックとなるこのコースでは、カーブなど先の情報が見えないところでその差が大きく出てしまう。その意味でも実走での試走、下見が重要となる。5月には同所でサイクリングイベントも開催されているため「試走」としている選手もいるようだ。

コースは、序盤は河川敷などフラットもあるコースだが、中盤で、皆生の象徴「大山(だいせん)」の登坂が始まる。大山のアップダウンを約20km、標高は300mになる。その後も、93kmの折り返し地点まで、ほぼアップダウンの往復「皆生流」コースとなる。道幅も狭い箇所もあり、タイトなコーナーもあり、文字通りのテクニカルコースで、「頭」を使う。効率良い走りをするためには、「下り」をいかに利用するかが重要となるが、やはり、リピーター選手にはかなわない。このコースもレースそのものだ。もしもはない。この条件の中で、ランに繋げるバイクパフォーマンスのバランスを取ることは簡単ではないだろう。ごまかしの効かないコースとは、正にこのようなコースを言う。

また、バイクコース途中にはこんなところもある。バケツで水をかけてくれる。見ている限り全員かけてもらっていた。もちろん、選手に確認してからかけてくれる。そして、バイク終盤では、フラットコースも含まれるが、風も出てくるため、結局、終始、ハードなコースなのだ。

最後のラン。ランは、弓ヶ浜半島の突端、「水木しげるロード」でも有名な境港までを往復するコースだ。交通規制はなく、途中、信号で止まったり、歩道橋も渡る。完全なフラットコースだが、バイクで消耗した脚を動かすには、強い「精神力」が必要だ。その上、気温、湿度が高い「灼熱の皆生」だ。そして、先述の通り、信号でストップするので、ペースも乱されてしまう。ランコースの特長としてエイドステーションが多いと、選手が口々にしている。それだけの「必要性」がある。選手の安全性も考慮する中でのエイドステーションなのだ。水分補給も競技の一部だ。エイドステーションをどのように利用するかも、問われている。水分以外は携行する選手、すべてエイドステーションに頼る選手、それぞれのレースプランがあるが、慣れた選手が多いので、上手くこなしているように見える。ただ、エイドステーションが多い分一カ所での所要時間がかさむと最終的にどのようなタイム差になってくるかなども気になるところだ。

選手は、陽炎に立ちくらむ中、ひたすら走り続ける。猛者が集まる大会だが、あと10km残し、リタイヤする選手もいる。皆生のランは、灼熱の死闘でもある。氷をジップロックに入れ、キャップの下、肩にウエアの中から、少しでも身体を冷やそうと必死だ。地面からも暑さを感じる。コース上は森や高いビルもないため、日陰がない。逃げ場がない。とにかく、前に進むしかないのだ。30kmの壁を超え、ラスト10kmは気力で脚を動かす。そんな中、選手に声をかける。「頑張って!」と。「ありがとうっ!!」とほとんど返ってくる。強さと礼儀、そして、楽しむことを、この暑さの中でも忘れてはいない。皆生には「筋金入り」のトライアスリートが集まってくるのだ。

厳しい大会だけにその完走の喜びは大きい。ベテラン選手も「初ロング」のようにゴールして来る。国内屈指のチャレンジングな大会だった。

今回開催にあたって、事務局も大変だったようだ。というのは、「平成30年7月豪雨災害」についてだった。参加選手からは、「自分は参加していいのだろうか?」などの「相談」のような連絡もあったようだ。大会事務局も開催の是非を慎重に検討を重ねた。そして、開催することで、「元気を伝える」ということに決定したそうだ。また、リレーチームのメンバーの一人が被災し、チームが二人になってしまったことについても今回の「特別措置」として、出場を許可している。災害と「競技内容」は別という意見もあると思うが、それも「皆生流」で良い。

皆生の象徴大山が、開山1300年を迎え、皆生大会は、「BRAVE & TRUE 輝かしい歴史のランドマーク 目指す人、支える人、心ひとつに」をスローガンに掲げていた。大山は、38年間この皆生大会を見守っている。

皆生は国内発祥の大会だ。そのきっかけは、1978年にハワイ州オアフ島で開催された第1回のIRONMANだ。その話題性にいち早く着目した。そして、IRONMANを手本にして開催されたのが、この皆生大会なのだ。現在「IRONMAN」は、ブランドになっているが、訳せば「鉄人」となる。そのため、よくトライアスロンのことを総称的に「鉄人レース」と言われるが、やや古風なこの響きは、皆生大会に最も似合うのではないかと思っている。

 

 

 

「今年も楽しい皆生取材でした。レース当日の朝、バイクトランジットの入口で写真を撮っていたら、昨年の取材で撮った選手の方にお声かけ頂きました。過去には同大会で22位、というやはり猛者の方でした。ご家族3人でのゴール写真でしたが、今年は撮れませんでした。スミマセン!せっかく今年は娘さんもお揃いのジャージだったのに。m(_ _)m」

BOSS-N1-S

Triathlon “ MONO ” Journalist     Nobutaka Otsuka

Triathlon GERONIMO レポーター ~安藤選手皆生参戦記~

今回の皆生大会では、Triathlon GERONIMO のレースレポーターとして、選手のご協力の下、熱い参戦記をお届けしたい。

 

(以下、安藤レポーターより)

 

≪復帰レースとなった皆生に思うこと≫

 

3月31日、大島春合宿での落車事故で腰椎横突起2箇所骨折、全治2か月からの復帰レース。おっさんアスリートはタイムよりも怪我なく楽しくを肝に銘じていたつもりが、バイクが調子良かったので気の緩みからか大塚さんはじめ仲間に迷惑をかけることになったので、過酷と聞いていた皆生で不安満載ながらしっかり完走しようと決意。すでに5月横浜、6月ケアンズとキャンセル、7月はじめに伊勢神宮観光目的でエントリーしていた伊勢志摩トライアスロンもショートやってる場合じゃないと思いこれもキャンセルして皆生ロングに備える。

今回、バイクは初めて送ろうと思い西濃運輸に予約するも、集荷前日に西日本豪雨のため予定日配送できるかわからないのでキャンセルを検討してほしいとメールがきて仕方なくキャンセル。飛行機輪行に切り替える。車に自転車積んで早めに羽田到着したが、三連休初日だからかANAの第二ターミナル駐車場はすでに満車、第一ターミナルは空きとなっていたので慌てて入庫したら直後に満車表示になり間一髪でセーフ。第一から第二ターミナルまで自転車を引っ張っていくはめになる。

【レース前】

ロングの前日入りは慌ただしく、バイク組立、選手登録、開会式、競技説明、買い物とあっという間に夜になる。出発前日に度付きゴーグルのレンズを新しい勝負レンズに替えようとして外枠を折って使えなくなり、ANAではチューブラータイヤのパンク修理材を爆発する可能性があると言われ没収され落ち込んでいたが、米子のイオンで足りない物すべて調達できた。

TETSUJIN皆生通信(皆生トライアスロンのメルマガ)で当日は気温35度で熱中症特別警報も予想されるので、熱中症対策や水分補給に細心の注意を払うようにとメールがあり、睡眠不足にならないよう温泉入って早めに布団に入るがレースの不安からか熟睡できず、うとうとして4時に起床。

今回もバイクボトルにはパワージェル7本(佐渡より1本多い)を水といっしょに入れ、マグオン6本をバイクにセッティング。トランジッションには競技説明会場でもらったアミノバイタルのジェルを準備。5時半に宿を出発して会場でバイクチェックインと受付けをしようとしたら、背後から「アンディー」と呼ぶ声が聞こえ振り返ると、受付のボランティに千恵さんがいるというサプライズ!復帰レースのロングで不安の方が大きかったがなんか楽しくなってきた。

【スイム】

スイム入水チェックをして知り合いが何人かいたので復帰報告をして気を紛らわし、熱中症対策で水をいつもより多めに飲んでみる。泳いで足の着かないとこからのスタートで監視員のカヌーにつかまってスタート待ち、佐渡と同様にバトルに巻き込まれないように最前列からのスタートにした。しかしスタート直後から早い人たちに次々と抜かされ、思ったよりもレベルが高いのか自分の泳力が万全でないのか、目標がないと海では左に曲がるクセがあるので、目標がとらえられず自分から左に曲がって他の人とぶつかるを繰り返す。前半はかなりしんどいスイムだったがようやく中間チェックポイントで上陸、後半は右にコースロープ沿いにまっすぐ泳げるようになり、人もまばらになってきていい調子で波にのっていけるようになる。結局54分、111位でスイムアップ、前半厳しかったわりにはまずまずのタイムで上陸すると大塚さんと千恵さんが応援してくれていた。トランジッションでは自分より早くスイムアップした生井さんと会って、後を追うようにバイクに向かう。

【バイク】

140キロのうち最初の40キロ以外は大山の登りとアップダウンのジェットコースターが続くハードなコース。大西さんから速度や時間を気にせず心拍をだけを見て走るというのを聞いて、初めて心拍計をつけてやってみた。スタート直後からスイムの心拍が収まらず、平地が続くも150を下回らない。130台を目標にしていたが、抜かれだすと焦って踏み込んでしまう。そのうち名物の大山の登りに入ると160まで心拍があがって収拾つかず、心拍はどうでもいいことになった。大山登りは覚悟していたこともあって順調に通過、60キロ地点までは予定通りのタイム。しかしここからのアッツプダウンの連続で徐々に足を削られスピードが落ちていく。先行した生井さんにはこの辺でやっと追いつくことができたが、速い人たちからはどんどん抜かれる。ようやく中山温泉ASのUターン、ここで疲れたり熱中症ぎみの人が何人か休んでいる。自分も小休止したくなるが、ここは我慢して残りの約50キロを頑張る。バイク終了時点で159位、結局バイクでは48人に抜かれたことになる。佐渡ではバイクで3回もトイレに行ったが、水分を多くとったにもかかわらず今回は一度も行かず、それだけ暑かったということか。

【ラ ン】

午後1時過ぎの一番日差しが強く暑くなったころにランスタート。ランは境港で折返しの往復コース。車両規制がまったくないので、42キロすべて歩道を走るコースで凹凸があったり斜めになっていたり足元にも注意しないといけない。歩道橋も何か所かあり、信号も守らなくてはならない。スタートしてすぐに信号待ちで先行していた7人ぐらいに追いつき、青になるとダッシュして抜いていく。こんな感じで最初の10キロは信号のタイミングが良く20人ぐらい抜いたと思う。その辺りで大塚さんと千恵さんが応援してくれていて、ラン好調宣言をしていた。とにかくエイドの数が半端なくある、2キロ毎ぐらいにある感じで、ほぼ全てのエイドで水分2杯飲み、スポンジで頭から水をかけて、氷を帽子の中と両肩に入れる。ワイフから借りたストッキングを氷入れにして両肩に入れるのがすごく効いた気がする。スポンジを肩に入れている人がいるが、あれではすぐに温かくなってしまいあまり効果がないと思う。境港の折返しでリストバンド(折返し確認用)を受け取りしばらくすると生井さんとすれ違い声を掛け合う。アッキーとはレースを通じて一度もすれ違わなかった。暑いけど足や心肺はそれほどきつくなかったが、足の爪が痛くなってきてレース後見ると両親指が真っ黒になっていた。前後にだれもいなくなり競技場までラスト400メートルというとこで最後の信号につかまる。4人ぐらい後続のランナーが集まってきてせっかくここまで来たんだからと思い、青になった途端にゴールまで最後のダッシュをする。幸いおじさんに花をもたせてくれたのか誰もついてこないので単独でゴールテープを切れた。

結局ランはキロ6分弱で4時間ペースで走れていたが、エイドの休憩と信号待ちで4時間35分もかかった。バイクで48人抜かれたがランでは47人抜き返して112位でゴールできた。

★ ★ ★

西日本豪雨の影響もある中、準備をして下さった大会関係者の方や4000人以上のボランティアの方々には本当に感謝の気持ちでいっぱいです。前日の説明会で流木が海に流れ込んできてスイムの開催が危ぶまれていたのに、鳥取県知事の英断で県が流木を片付けたと言っていました。それだけこの大会に懸ける思いが選手だけでなく大会に携わるすべての人にあるんだと思い、この大会に常連者が多いというのも頷きました。

また同行してくれた大塚さん、生井さん、アッキー、サプライズの千恵さんがいてくれて、ともにレースに出て励ましあえ、応援してくれたお陰で無事に復帰レースを完走できました。応援されないと頑張れないタイプなんですよ。

 

 

 

 

今シーズンはあと9月の佐渡30回記念大会が残っていますので、これも仲間みんなで盛り上がっていきたいと思います。

 

距離:スイム3km バイク140km ラン42.195km

記録:10:49:21(S 54:07(111)/ B 5:19:42(192)/ R 4:35:32(117)

成績:総合112位 エイジ13位

 

レポート 安藤 友久

 

 

「無事完走、何よりでした。初皆生を楽しんで頂いたようですね。

BOSS-N1-S
Triathlon “ MONO ” Journalist     Nobutaka Otsuka

Triathlon GERONIMO レポーター ~生井選手皆生参戦記~

今回の皆生大会では、Triathlon GERONIMO のレースレポーターとして、選手のご協力の下、熱い参戦記をお届けしたい。

 

(以下、生井レポーターより)

 

≪私のスタート地点 皆生トライアスロン≫

 

「今年は、皆生に出る!」と主人に宣言をしたのは、まだ、寒い日が続く2月。昨年の大会は、鎖骨骨折のこともあって、皆生に出る気持ちになれず、忘れようとしていた。今年は出ると決めたら「仕事が忙しい」の言い訳をせずに、練習することで気持ちを高めようと思い、7月へと向うことにした。

「トライアスロン」=鉄人=ちょっと変?

とイメージを抱く人は多い。私もその一人だった。そのイメージを変え、生活に一部なったのは、友人の存在と私の好奇心。友人のトライアスロン仲間との交流がとても羨ましかった。友人のおかげで、根暗だった私は、皆生に出るまでになってしまった。

皆生トライアスロンとの出会いは、鍼灸の先生(コナ出場経験あり、日本選手権出場経験あり)の一言「皆生はいいよー。出てみな」と。何も知らない私は、その一言を信じ、エントリーへ。34回大会に初めて出場。これが、ロングデビュー。知り合い0、経験0、そして、きついバイクコースも知らなかった。それでもフィニッシュしてしまった。この快感が私のスタートになった。

今まで、遠い大会は主人と一緒か一人で参加することがほとんど。仲間やチームで動くことは一度もなかった。今年は、ご縁があって、仲間とコーチと一緒に参加することができた。仲間の一人に、私にトライアスロンを教えてくれた友人がいる。そのことも力になった。同じ目的をもち、お互いに励まし合える仲間の存在は本当に大きい。心配なことが半分に思えるから不思議である。合わせて、エントリーしたけれど出られなかった仲間からの応援も大きかった。大人になっても「頑張れ」「応援しています」の一言が背中を押してくれることに久しぶりに気が付いたことも新鮮だった。

今年は、猛暑。皆生トライアスロンは暑いことでも有名。今年もその展開になった。前日から水分、栄養、体調を考えながら食べてきた。誰でもが、倒れるリスクを背負いながら競技をする。倒れるもフィニッシュするも自己責任がのしかかってくる。

【スイムスタート】

スイムが得意とはいえ、バトルが怖いので真ん中ぐらいの位置からスタート。けだるいスタート音を聞き、気持ちよく泳ぎだした。新しいメイストームのウエットも心地よい。前半は、やや流され自分の泳ぎができなかった。後半は、肩回りが動き出し、息が上がらない程度に泳げた。ただし、調子にのると、違う方向へ行っていた。36回大会よりは、遅かったが、気持ちよくトランジットへ向かうことができた。ここからが、皆生トライアスロンの醍醐味。

【バイクスタート】

初めて、皆生に出た時は「オニ!」と思ったコース。4回目であるが、やはり「オニコース」である。ただ、前回との違いは、2点。昨年バイクボジョションをすべて測り、サドルなどを買い替えた。そのこともあって、身体に負担がない。痛くない。2つ目、登りは根性で登った。時折、大塚コーチの「ワン・ツウ・ワン・ツウ」が聞こえ始め、応援となった。他のコースは、軽快に進んでいった。スピニングの効果が出ていると実感できた。今思えば、力まず、楽しく漕げたと感じている。そう思っている時にエイドで、他の選手と激突してしまい、落車!相手選手、相手のバイクは無事。私は右臀部を打ち、サドルは曲がった。激痛のあまり、しゃがみ込むが、すぐに現実に戻り、バイクを直し、臀部を確かめ、気持ちを落ち着かせて再度スタートした。エイドのボランティアの方は、何度も「大丈夫?」と言ってくれたが、答える余裕なし。本当に申し訳ないことをした。再スタート直後は何度も「悔しい」と言っていたことを覚えている。冷静になることで、安全に進めると思い直し、前だけを見つめた。この時、仲間から「頑張れ」が気持ちを奮い立たせたことは間違えない。大山の折り返しで大塚コーチとチエさんからエールをもらう。仲間に会えるだけで、勇気が湧いた。「まだ、行ける!」と。そして、アッキーともすれ違う。仲間の頑張りは、励みになった。これでもかの坂を越え、下りを繰り返して、バイクフィニッシュへと向かった。この時、臀部の痛みはあるものの、以前のような腰のだるさはなく、ランへと進めそうな感じがした。気持ちだけは高い。

【ランスタート】

「安藤さんとはどのくらい差があるのだろうか?」そう思いながらスタートした。スタートした時点では、ランへと進んだ女子は少ないようだ。「諦めなければ、女子総合10位までに入れるかも?」と高望みをしながら進んだ。

皆生名物信号と歩道橋を楽しみ。エイドでの学生ボランティアの粋の良さを励みに、足を止めず、前々と。信号待ちをうまく使うことが、このコースの攻略法。信号に合わせて止まらず、進むのが私の走り方。少々のダッシュもあり。ランは課題をもって走ることに決めていた。それは、腕振り。後ろへ振る。ハの字になるように振る。もう一つは、自分の身体の下に足を着地できるように気を付ける。2点を確認しながら進んだ。足が止まる選手を追い越すことで、自信が付き、さらに前へ。エイドでは、氷をキャップと打った臀部を冷やすためにウェアーの後ろポケットに入れ、OS-1を摂り進んだ。皆生は、エイドには困らない。むしろエイドが必ずあるから安心して進められるのだと思う。ボランティアの方たちには本当に感謝しか言葉がない。

進むうちに大塚コーチとチエさんに「ガンバ!」と激をもらう。日影がなく、コースもあまりよくない。細いコースで折り返してくる選手とすれ違うたびに元気をもらった。女子選手には思わず「ガンバ!」と声をかけた。

ついに、安藤さんとすれ違った。ハイタッチをし、二人で「ファイト」と言葉を交わした。うれしかった。でも、この距離は追いつけない。ケガからの復帰とは思えないぐらいの力走だった。境港を折り返しエイドでは、スイカを口にし、おにぎりを食べ、フィニッシュへと向かった。胃腸も元気。通ってきたコースを再び走る。エイドの場所が分かるので、更に気持ちを和らげてくれた。暑さは変わらず、エイドの氷が足りなくて、学生ボランティアたちは、氷をかち割っていた。本当にありがたい。氷をもらい、OS-1を飲み、進んだ。フィニッシュできそうな時間を考え始めた。「6時には~?」と。32キロ付近でアッキーとすれ違う。表情がなく心配。ただ、彼女の底力を知っているので、お互いに視線を合わせるだけにした。残す距離10キロを切った辺りから、涼しい風が通り抜けるようになった。毎回、エイドに寄らなくても大丈夫になってきた。市街地に入りコースの幅を広くなり、走りやすくなった。ここからが、粘りの走り。信号をうまく使い、他の選手を交わし、フィニッシュゲートへと向かった。街灯が点く前にテープを切りたい!

どらどらパークに入り、ゴール手前でチエさんから「まるちゃん!(旧姓丸田なので)」と。勢いを止めずに、ジャンプと笑顔でゴールテープを切り、無事にフィニッシュ!

フィニッシュする度に、「また、来年も」と原点に戻ることを考える私がいました。

 

皆生トライアスロンは、ボランティアの皆さんとマーシャルの綿密な連絡で成り立っている。毎年、これだけの大会が開催できるのは、ボランティアのみなさんのおかげである。選手全員が「合格通知」をいただく大会はここだけ。私たち選手も「皆生に出る」という誇りを持つことが、ボランティアの皆さんへの返しになると思う。

 

レポート 生井 恭子

 

 

「灼熱の皆生、お疲れさまでした。皆生大会の雰囲気はとても良いものがありますね。そして、女子総合9位、エイジ優勝おめでとうございます。

BOSS-N1-S
Triathlon “ MONO ” Journalist     Nobutaka Otsuka

Triathlon GERONIMO レポーター ~小林選手皆生参戦記~

今回の皆生大会では、Triathlon GERONIMO のレースレポーターとして、選手のご協力の下、熱い参戦記をお届けしたい。

 

(以下、小林レポーターより)

 

≪自分の足で走ってたどり着くしかない!≫

 

昨年夏の大島キャンプで皆生の話題が出たとき、

①海の日の3連休に当たるから仕事休まなくても行けること

②その頃には仕事がひと段落してるであろうこと を考え、申し込むだけ申し込んでみようかな?

と思い始めました。 『バイクの坂がすごいんだよー』 『めっちゃ暑くてランコースは熱風が吹き荒れてるんだよー』とも聞いたけど 『抽選じゃなくて書類選考』なら、わたしの力じゃ落ちるだろうし、と割と軽い気持ちで… そしたらなぜか届いた合格通知にびびり。仕事のやりくりしながら、7月に入ってからはもう明らかな挙動不審っぷりを発揮。 前日、昼前に米子空港に到着し、 『あ、なーんだ、日陰なら風が気持ちいいじゃん』 『あっきー、ランコースに日陰はないんだよ』えー。 できるだけ気配を消して、説明会、開会式をほとんど知り合いに会わずにクリア。たいしてお腹が空いてなかったので、夕飯はあっさりしてそうな卵とじうどんと冷や奴をちびちび食べた。 当日、4時半に起きて買っといたおにぎりを食べる。でも1個しか入らない。まぁ、仕方ない。まるちゃんは味噌汁までパクパク食べる。やっぱ強い選手は胃腸も強いのねー、とまじまじと見つめる。身支度して5時半に宿発。会場までバイク押しながらてくてく歩く。 向こう向いて立ってる女子の受付のボランティアさんがミッキーの帽子被ってるの発見。『すごいなー。ミッキーは西日本でも人気なのねー』と思いながらバイク押して素通りしたら『ブラッキー!』ん?あらま、ちえさん!! 実は、ちえさんのことだから人里離れたバイクコースとかどっかにジャジャーンと現れるんじゃないかなー、と思ってはいました。まさか働いてるとは!!!!でも反応薄くてごめんなさい。心に余裕がなくて(^^;; そのあと康子には『前からだけどマジで気配消しすぎですよ』と言われ、前日会わなかった綾さんには『ぅわーその顔!』といつも通り高笑いされ、リレースイムのしほさんには『3種目?頑張ってね』と優雅に言われ、前日から楽しそうだった石川さんには『楽しもうよ!』と言われ、緊張は薄れるどころかますます高まる。ひー。リレー、いいなぁ。皆生は佐渡より短いのはいいけど、佐渡より坂がありすぎだ。しかも佐渡のランはほぼ夜になるから暑くないけど今回は、夕日に向かって走るのだ。その夕日は間違いなくパワー全開の灼熱だ!大丈夫かわたし!

7時スタート。

スイムは予想通り1時間ちょい。上がったとこにちえさんいてくれて『ぶらっきー速いよ!』と言ってくれる。佐渡でも言ってくれたなー。

バイク、最初は元気でした。宣言した時間より早くゴールしちゃうかも?と思っていたら、そこからジェットコースターの連続。上りで減速するとこまで一緒。とどめは最後、40キロ残したあたりからインナーローからギアが動かなくなり、灼熱の中ずっとクルクル。作ってた貯金も結局食いつぶし、生まれて初めて鼻血も出てきて泣きそうに。 そんな時バイクのマーシャルに『35番の小林さん!大丈夫ですか?頭は痛くない?』なんと熱中症を心配されている! 『ぜんぜん大丈夫です。遅いだけなんですー!』となんとも情けない答えを返し、制限ギリギリ20分前くらいにランスタート。

ランは灼熱にますます拍車がかかり、エイドごとにサンバイザーと太ももに氷をぎっしり入れて走ったけど、すぐ溶けてなくなる。聞いてはいたけどこんなに暑いんかーい!なんかだんだん腹が立ってきて、なんでわたしこんなこと休みの日に何年もやってんのかしら、とか逆ギレが始まる。いつ辞めてやろうか、でもエイドごとに選手はどんどんリタイアしているけど回収車はバイクの収容で忙しく見当たらない…様子を伺ってみると、自分でお迎えを携帯で呼ぶよう指示されている!携帯渡されても誰かの番号を暗記してるわけでもない!これでは競技場にたどり着くには自分の足で走ってたどり着くしかない!!

そんな感じで、ゴールした時のまず最初の気持ちは『あーよかった(無事に着いて)!』でした。34分残しのゴールでした。 わたしよりはるかに早くゴールしたのにアンディーもまるちゃんも風呂にも入らず待っててくれてありがとう。ちえさん、暑い中を最後までありがとう。ボス、何から何までありがとうございました。なんだか遠足みたいでした。終わってみれば楽しい3日間でした。でも、それも無事に完走したからこその気持ちです。 コースは優しくなかったけど、鳥取の方々はみんな優しかった。なぜか物価も安く、そして佐渡より都会でした。 胃腸を鍛えて出直します。

 

レポート 小林 章子

 

 

「猛者も悲鳴を上げる。バイクコースはきついけど、楽しい。皆生の魅力ですね。

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Triathlon “ MONO ” Journalist     Nobutaka Otsuka

【GERONIMO COUNT】第38回全日本トライアスロン皆生大会

日本初のトライアスロンとして、1981年に開催された。国内のトライアスロンはこの大会から始まっている。そして、今年も開催される。

日本の元祖であり、ロングの大会となる皆生。日本国内のトライアスロンを語る上で大きな意味を持ち、一度は出場してみたい大会でもある。1978年に初めて開催されたハワイアイアンマンをきっかけに国内での開催を実現させたのだ。現在、国内では、4つのロングが開催されている。4月宮古島、6月長崎、7月皆生、9月佐渡となり、皆生はもちろん、日本を代表する大会となる。

距離は宮古島に近く、アイアンマンに比べると少しバイクが短い「オリジナル仕様」となる。ただし、バイクはタフなコースだけに侮れない。皆生を完走することは、国内の「オリジナルトライアスロン」の制覇でもあり、その意味では、ステイタスが高い。

そんな皆生ではどんなバイクが使用されているのだろうか。大会全般とともに「Triathlon GERONIMO」の独自取材を慣行したい。

昨年レポート:http://triathlon-geronimo.com/?p=21747

■開催日 2018/7/15(日)

■競技

スイム3km / バイク140km / ラン42.195km

※詳しくは、http://www.kaike-triathlon.com/

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「今年も皆生の厳しさ、そして、優しさを感じたい!」
BOSS-N1-S

Triathlon “ MONO ” Journalist     Nobutaka Otsuka